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ここでは、ズワイガニがどのように獲られているのか、また、ズワイガニを獲る漁業ではどんな制限が設けられているのかなどについて紹介します。
日本海の冬の味覚を代表するズワイガニ。冬の日本海は強い季節風の影響で時化の日が多く、ズワイガニ漁は海の男たちの命がけの仕事ともいえます。日本海のズワイガニ漁業は、主に底曳網で行われています。島根県の一部では、「カニ篭」により獲られています。京都府では舞鶴市、京丹後市丹後町と網野町に所属する10隻の底曳網漁船によりズワイガニが水揚げされています。京都府を含め日本海西部で行われる底曳網は「かけ廻し式」と呼ばれています(以下、底曳網といいます)。
はじめに、京都府の底曳網漁業の概要について紹介します。
京都府の底曳網漁船は15トン未満(14トン)の「小型底曳網」が3隻、20トン未満の「沖合底曳網」が7隻の合計10隻が操業しています。他県では100トン以上の大型船がみられますが、府内の底曳網漁船は他県に比べると小型船が主体といえます。
小型底曳網漁船(14トン)
ブリッジ(操舵室)の下には海水を冷却する水槽が装備され、ズワイガニは帰港するまでこの水槽の中で活かされます
底曳網の漁期は9月1日から始まり、翌年の5月31日までの9ヶ月間です。6~8月の3ヶ月間は休漁となります。この中でズワイガニが水揚げされる期間は、11月6日から翌年の3月20日までの約5ヶ月間です。その他の3月21日から5月31日まで、9月1日から11月5日まではカレイ類、ハタハタ、ニギス(沖ギス)、アカムツ(ノドグロ)やタイ類などが水揚げされます。
底曳網の漁場は、京都府沖合の水深約100 mから350 mの範囲に形成されています。沿岸側は漁業調整規則により操業禁止ラインが設定されており、その水深帯が概ね100 mといえます。なお、京都府沖合に入会い操業する隣接県の大型漁船(40トン)は、秋季にアカガレイ(マガレイ)を狙って水深800~900 m付近で操業することもあります。
漁場は漁獲する魚種により変わってきます。例えば、ニギス(沖ギス)、ヤナギムシガレイ(ササガレイ)、アカムツ(ノドグロ)やタイ類などを獲るときには、主に水深100~150 m付近が漁場となります。ハタハタやソウハチ(エテガレイ)などの漁場は、主に水深200 m前後、また、ズワイガニやアカガレイの漁場は主に水深230~350 m付近に形成されます。
なお、京都府沖合の漁場には、隣接の兵庫県と福井県の底曳網漁船の一部が入会い操業し、府内の漁船と同じ場所で操業しています。
京都府沖合の底曳網漁場
底曳網漁業とは、左右2本の長いロープの先に漁網を取付け、人が歩くくらいのスピードでロープと漁網を曳き、海底やその近くに生息するカニや魚を獲ります。1本のロープの長さは漁場の水深により多少異なりますが、およそ1,800 mとなります。漁網の長さは50~60 m程度になります。漁船の船尾には長いロープを巻き取るための「リール」が両舷に取付けられています。
かけ廻し式の底曳網操業は、まず片舷(左舷)のロープの先に取付けたブイを海上に投入し、ほぼ全速で漁船を走らせロープを繰出します。約半分を繰出した時点で漁船はほぼ直角(左側)に曲がり、残り半分のロープを繰出します。片舷(左舷)のロープを出し終わったところで漁網を投入し、もう片方(右舷)のロープを繰出します。こちらも半分繰り出した時点で漁船が直角(左側)に曲がり、残りのロープを引続き繰出します。両舷のロープの繰出しが終了すると、漁船は最初のブイの位置に戻ります。漁船の動きは反時計回りとなります。最後にブイを回収、両舷のロープの端を船尾に固定し、いわゆる曳網がはじまります。この一連の過程は15分程度で行われます。曳網時間は、例えばカニ漁では約1時間、ニギス漁などでは40分程度となります。
ロープを巻き取る「リール」(左右の両舷に装備)
底曳網による日本海のズワイガニ漁業には、資源保護を目的とした種々の漁業規制が行われています。法的な規制としては国が定める「特定大臣許可等の取締りに関する省令」(農林水産大臣が出す行政上の命令)が基本となっています。また、「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律」(TAC法)にもとづき、ズワイガニについては、国により漁獲量の上限となる漁獲可能量(TAC)が設定されています。なお、TAC法は2020年1月に70年ぶりに施行された漁業法に統合されました。
法的な漁業規制に加え、日本海西部のズワイガニ漁業では、石川県から島根県までの1府5県の関係漁業者で構成される「日本海ズワイガニ特別委員会」において、「日本海ズワイガニ採捕に関する協定」を取決め、漁業者の自主規制により省令の強化などが行われています。
さらに、各府県の地先漁場では、上記の各種規制に加え、漁業実態などに応じた様々な自主規制が講じられています。
このように、ズワイガニ漁業の制限には国が定めた制限、海域全体での自主規制、各府県での自主規制があり、いわゆる「3階建て」となっています。
農林水産省令(1955年~)では漁期や漁獲サイズなどが設定されています。内容は必要に応じて変わってきており、2022年時点の具体的な内容は表のとおりです。
「TAC法」(1997年~)にもとづくTACの設定は、トロール調査によりズワイガニの現存量を推定し、最大持続生産量(MSY)などが達成できるような漁獲数量が決められます。ズワイガニのTACは沖合底曳網および小型底曳網にそれぞれ配分され、漁獲量の数量管理は前者は大臣、後者は知事が行います。近年のTACは下表のとおりです。
TACが決められる海域区分
「日本海ズワイガニ採捕に関する協定」では、省令に定められた漁期および漁獲サイズ(メスの成熟段階)の内容が強化されています。具体的な内容は表のとおりです。
本協定ではTACの数量管理に加え、メスと水ガニについて1航海当りの漁獲量制限が行われています。日本海ズワイガニ特別委員会は毎年開催され、制限の内容が確認され、必要に応じて改正されます。
なお、オス、メスおよび水ガニの漁獲サイズなどについては、表の内容に加え、県により別途制限が設定されています。
日本海西部のほぼ中央に位置する京都府沖合では、国が定める制限や日本海西部で定める自主規制に加え、様々な漁業規制が行われています。詳しい内容は「6 ズワイガニの保護(資源管理)」で紹介します。
なお、京都府沖合のカニ漁場には府内の漁船をはじめ、隣接する兵庫県と福井県の漁船の一部が入会いで操業しており、これらの漁船を含めて各種制限が順守されています。
我が国でズワイガニが漁獲されるのは、日本海西部をはじめ、日本海北部、オホーツク海、北太平洋三陸沖などです。この中で最も漁獲量が多いのが日本海西部です。
日本海西部のズワイガニ漁獲量は1970年頃までは10,000トン前後でしたが、70年代中ごろから急激に減少し、75年頃は3,000トン前後、85年頃から90年代初めまでは1,000トン台で推移しました。その後、2000年代半ばに向けて4,000トン台まで増加しましたが、それ以降は減少に転じ、近年は2,000トン前後で推移しています。
京都府の漁獲量の推移は日本海西部と同じような傾向がみられています。漁獲量は1970年代中ごろから急激に減少し、その後年変動をともないながら100トンに満たない数量で推移しました。90年頃から2000年頃にかけては増加に転じ、1999年をピーク(195トン)に、それ以降は減少傾向が続いています。京都府の漁獲量は、底曳網漁船の規模が小さく、隻数も少ないことから、日本海西部全体に占める割合はそれほど高くありません。なお、2008年以降は自主規制により水ガニの漁獲が禁止されています。
資源量の指標となるCPUE(一曳網当り漁獲量)は、オスでは1990年頃から2010年頃にかけては増加しており、その後はやや減少傾向が続いています。メスは10 kg台から50 kg台まで数年ごとに大きな変動を示す傾向がみられます。
ズワイガニ漁業では、資源の持続的な利用を図るため、漁獲することができる期間、大きさ、数量などが厳しく制限されています。
それにもかかわらず、ズワイガニ漁獲量は1970年代から90年代にかけて大きく減少しました。これは一体どういうことなのか?ここではその主な原因について紹介します。
農業で作物を収穫するには、田畑を耕し、種をまき、日々手入れを行うなど人の労力が必要となります。
それに対し、漁業で水揚げされる魚介類は、養殖魚を除けば、自然の海の中で成長し、卵を産んで増えていきます。魚介類は農作物のように人が手を加えなくても、海中のプランクトンや小魚を食べて大きくなり、繁殖します。
すなわち、魚介類が成長したり、繁殖したりする量と、漁業で獲る量とのバランスがうまく保たれていれば、その魚介類を持続的に獲り続けることができます。
ところが、漁業で獲る量が、魚介類の成長や繁殖する量を上回ると、その魚介類はどんどん減ってしまい、やがて漁獲量も大きく減少してしまいます。これがいわゆる「乱獲」です。
では、ズワイガニはどうなのでしょうか?
ズワイガニは生まれてから親ガニになるまでに約10年を要するといわれていることから、成長スピードは大変遅い種類といえます(詳しくは、「2 脱皮と成長」を参照)。
一方、底曳網漁船は船体やエンジンの大型化、レーダー、魚群探知機、プロッターなどの航海計器類の機能や精度向上などの近代化により、漁獲する能力がかなり強くなっています。漁獲量が大きく減少した頃は、成長や繁殖する量と漁獲する量とのバランスが、決して良好であったとはいえないと考えられます。漁獲量が大きく減少した原因には、このような「乱獲」が挙げられます。
下の写真は、底曳網の漁獲物が船上に揚げられたときの様子です。たくさんのズワイガニがみられますが、これは5月のアカガレイ漁での漁獲物です。5月はズワイガニの水揚げが禁止されているため、これらのズワイガニはアカガレイの選別ののちに海に帰されます。ここでは、このようなカニを「混獲ガニ」と呼ぶことにします。
底曳網が引揚げられ(左)、漁獲物が船上に広げられます(右)。ズワイガニの多さが目立ちます。
アカガレイが選別され、その後にズワイガニが海に戻されます。
カニ漁期が終了した4~5月のアカガレイ漁は従来、水深約220 m以深で行われていました。この水深帯はズワイガニの生息域でもあるため、網にはたくさんのズワイガニが入っていました。混獲ガニの数は水深帯などにより異なりますが、一網で少ないときでも約100尾、多いときには約2,000尾にも及びます。混獲ガニがみられるのは、4~5月だけではなく、9~10月の秋季にもみられます。また、カニ漁期中であっても、例えば甲幅9 cm未満のオスは水揚が禁止されているため混獲ガニとなります。
混獲ガニの大きな問題は、リリースされた後の生残り率といえます。全てのカニが生き残れば問題にはなりません。海洋センターでは混獲ガニのリリース後の生残り率を時期ごとに調べました。
ズワイガニは深い海底から船上に揚げられ、大きな水圧差が生じますが、体内に浮袋を持たないことから、このことで死亡することはありません。
しかし、水温や気温といった温度の大きな変化には順応することができません。ズワイガニが生息する海底は、一年を通して水温0~3℃程度と大変冷たい環境にあります。春季では海面付近の水温は15~18℃程度となり、秋季に至っては20℃を超えてきます。船上に揚げられたときの気温はさらに高くなります。この温度差がズワイガニに大きなダメージを与えます。
2~5月の生残り率は、5月の親ガニ(メス)を除いて90%以上の高い値となりました。12月の生残り率は60%台から90%弱で、2~5月より少し低くなりました。一方、9月の生残り率は全てのカニで0%、10月では親ガニで50%でしたが、他は低い値となりました。とくにこの時期はカニの脱皮期にも当たるため、高水温、気温に加え、脱皮直後で体が非常に柔らかかったことも影響しています。
90%以上と高い生残り率を示した時期もありましたが、混獲ガニの数を考えると、混獲による死亡は決して無視できるものではありません。
このようにズワイガニ漁業では、漁獲できる期間や大きさなどが制限されていますが、実際には多くの混獲ガニがみられており、死んでしまっています。ズワイガニが大きく減った原因のひとつには、この混獲ガニの問題があったと考えます。
リリースされて生き残ったカニであっても、船上に揚げられ選別される過程で、ハサミや脚が欠損することがあります。その割合は20%強といわれています。欠損したハサミや脚は、最終脱皮後のカニは再生することはなく、最終脱皮前のカニは再生はしますがなかなか元の大きさには戻りません。
このようなカニは、普通のカニに比べ低価格で取引されるため、水揚げ金額の減少にもつながります。
京都府漁業協同組合が開設する舞鶴、宮津、間人、網野の4市場では、11月6日の解禁日以降は、ズワイガニの水揚げで活気づきます。
最も市場価値が高いオスは「タテガニ」と呼ばれますが、水揚げする漁船、市場によりブランド名がつけられています。舞鶴、宮津市場(近年、宮津にはほとんど出荷されていません)には舞鶴市の漁船が水揚げし、これらは「舞鶴かに」(地域団体商標)と呼ばれます。間人市場には京丹後市丹後町の漁船が水揚げし、「間人ガニ」(地域団体商標)、網野市場には同市網野町の漁船が水揚げし、「大善ガニ」と称されます。「舞鶴かに」は京都産を示す緑のタグに加え、2020年からは1.2 kg以上には「金色」、1.0 kg以上には「銀色」、0.8 kg以上には「緑色」の「舞鶴かにプレート(四角)」が付けられています。
モモガニには全市場共通で船名入りの白色タグ(四角)が付けられます。
オスは舞鶴市場では発泡スチロール容器に、カニの大きさにより5~10尾が入れられ出荷されます。間人、網野市場では緑色の台に砕氷が敷かれ、その上に大きいものは5尾、小さいものは10尾単位で並べられます。いずれも甲羅の大きさ、脚の本数、傷の有無、体色などなど、細かい基準によりランク付けされ、良いものから順番に並べられます。
メスは甲羅の大きさ、脚の本数や傷の有無などにより選別され、舞鶴市場では発泡スチロール容器、間人と網野市場ではプラスチック容器に入れ出荷されます。
セリ落とされた一級品のタテガニは、地元の旅館や料亭の高級食材として利用されたり、多くは京阪神をはじめ全国各地に高級進物、また近年はふるさと納税の返礼品としても利用されたりしています。
一方、メスは地元の魚屋やスーパーの店頭に並び、冬を告げる食材として、庶民の食卓にものぼります。
セリにかけるために選別されたオス(左)とメス(右)(間人市場)
大型のオスは1箱に5尾並べられる(舞鶴市場)
(文献)
山崎 淳・宮嶋俊明.2013.京都府沖合における底曳網によるズワイガニ混獲量とリリース直後の生残率.水産技術.5.141-149.
全国底曳網漁業連合会.2022.日本海ズワイガニ漁獲結果総まとめ資料.1-40.
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