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ここでは、ズワイガニが卵からふ化して、親ガニになるまでの成長を紹介します。
「コッペ」(メス)のお腹に抱えられている卵がふ化し、ズワイガニの誕生となります。1尾のメスから約50,000尾の幼生がふ化します。ふ化したばかりのズワイガニの子供は、親とは全く違った姿をしています。また、最初から海底で生活するのではなく、プランクトンのように海中を浮遊して過ごします。このことから、この時期のカニを「浮遊期幼生」といいます。
ふ化した直後の幼生は「プレゾエア」と呼ばれます。大きな頭と細長いお腹が特徴的で、大きさは3mm程度です。「プレゾエア」は約1時間後には脱皮を行い、次の段階へ成長します。
今(1980)
「プレゾエア」が脱皮すると、「ゾエア1期」となります。「プレゾエア」に比べると少しは大きくなりますが、その姿はまだまだカニとはいえません。
「ゾエア1期」は約1ヵ月後に脱皮を行い、次に「ゾエア2期」の幼生となります。脱皮することにより、ひとまわり大きくはなりますが、その姿はほとんど変わりありません。
「ゾエア」は海中に漂うさらに小さいプランクトンを食べて生活します。逆に、「ゾエア」が他の魚などの餌にもなっています。
「ゾエア2期」の幼生は、約1ヵ月後には再び脱皮を行います。
今(1980)
「ゾエア2期」の幼生が脱皮すると、今度は「メガロパ」という幼生に変態します。「ゾエア」に比べると、カニのシンボルである「ハサミ」がみられるようになり、いくぶんカニらしくなります。「メガロパ」は、相変わらず浮遊生活を行いますが、比較的海底近くで生活するようになります。約1~3ヶ月間を「メガロパ」で過ごした後に、脱皮を行い「稚ガニ」となって海底で生活するようになります。
このように、ズワイガニは卵からふ化してから約3~5ヶ月間は、浮遊生活を送ります。
今(1980)
(文献)
今攸.1980.ズワイガニの生活史に関する研究.新潟大学佐渡臨海実験所特別報告.2.64pp.
浮遊生活を終え「稚ガニ」となり底生生活を送ります。しかし、その姿はまだズワイガニとは少し異なっています。
甲幅(甲羅の幅)はわずか3mmです。
今(1980)
その後、1齢期の稚ガニは脱皮を繰り返し、大きくなっていきます。甲幅が5cm未満の頃までは、1年に数回の脱皮を行います。5cm以上になると、1年に1回の脱皮となります。
カニやエビなどの甲殻類の年齢を調べるのは、魚と違ってたいへん困難です。カニ類では年齢ではなく、多くの場合は何回脱皮を行ったかという「脱皮齢期」を使います。
メスは1齢期から10回の脱皮を繰り返し、11齢期になると産卵を行い、お腹に卵を抱え、いわゆる「親ガニ」となります。「親ガニ」になると、それ以降は脱皮を行わなくなります。このように、生涯の最後の脱皮を「最終脱皮」と呼んでいます。
脱皮の開始。甲羅の後縁部が割れ、新しい甲羅が現れます。
新しい甲羅の大部分が出てきました。
甲羅はもとより、目玉、脚の先まで全て脱皮します。
(文献)
今攸.1980.
ズワイガニの生活史に関する研究.新潟大学佐渡臨海実験所特別報告.2.64pp.
オスの脱皮と成長は、メスと違って少々複雑です。
メスでは「11齢」で親ガニとなり、そのときの脱皮が最終脱皮であることを説明しました。ところが、オスの場合には親ガニとなる大きさ、すなわち脱皮齢期が個体によりバラバラなのです。
オスをよく見ると、甲羅の大きさが同じでも、ハサミが大きいものと、小さいものとがいます。実は、このことがオスの脱皮と成長に密接に関係しています。ハサミの小さいオスは、その後も脱皮を行います。一方、ハサミの大きいオスは、それ以降は脱皮を行いません。すなわち、最終脱皮となったオスはハサミが大きくなり、いわゆる「親ガニ」となります。
オスの甲羅の大きさごとに、ハサミの大きいものと小さいものとの割合を調べると、下表のようになります。甲羅の小さいものでは、甲幅7cm程度でも大きいハサミをもつオスがみられます。大きいハサミをもつオスの割合は、甲羅が大きくなるにしたがい高くなり、甲幅13cm以上では100%となります。
このように、オスが「親ガニ」となる大きさ、つまり脱皮齢期は早いものは10齢(甲幅7cm前後)、遅いものは13齢(甲幅13cm以上)とかなりの個体差が認められるのが特徴です。
甲幅約5cm以上のオスは、最終脱皮するまでは、基本的に年1回、9~10月頃に脱皮します。これくらいの大きさになると、甲幅は1回の脱皮でおよそ2cm大きくなります。
ところで、オスの「親ガニ」とは、ここでは全てのメスとの交尾が可能なものをいいます。交尾に関する詳しい内容は、「3成熟と産卵」を参照してください。
ちなみに、オスでは漁獲することができる大きさは、省令により甲幅9cm以上と決められています。甲幅9cm未満の大きさで「親ガニ」となったオスは、それ以上は大きくならないことから、一生漁獲の対象にはならないことになります。
甲羅の大きさは同じでハサミが大きいオス(上)と小さいオス(下)
ズワイガニには最終脱皮があることを紹介しました。
メスでは稚ガニとなってから10回の脱皮を行い、産卵をして親ガニとなります。すなわち、この10回目の脱皮が最終脱皮となり、そのときの大きさは甲幅で約7~8cmということになります。
オスの場合には、メスのように稚ガニから最終脱皮までの脱皮回数が一定ではありません。オスの脱皮と成長はどのような過程になっているのかを説明します。
オスの脱皮と成長を説明する前に、市場に出荷されるオスの4つの銘柄について、京都府の事例を紹介します。実はこの銘柄が脱皮と密接に関係しています。
1.タテガニ:最終脱皮から約1年以上が経っており、甲羅は硬く、大きいハサミを持ちます。間人ガニ、舞鶴かに、大善ガニなどと称され、最も商品価値が高い。
2.水ガニ:脱皮後数カ月以内で、甲羅は柔らかい。ハサミは最終脱皮後のカニは大きく、そうでないもの(以下、通常脱皮と呼びます)は小さく、水ガニにはハサミの大小のカニが混在します。未成熟で、身入りが劣り市場価値が低いことから、京都府では2008年から自主規制により漁獲禁止となっています。
3.モモガニ:通常脱皮から約1年が経っており、甲羅は硬く、小さいハサミを持ちます。身入りは良いが、ハサミが小さいことなどから市場価値はタテガニの約20%と低い。
4.フタカワ:脱皮が近づき、甲羅の内側に新しい甲羅が形成されています。中にはその新しい甲羅の一部が外観で確認できるものもあります。市場価値はモモガニよりも低い。
4つの銘柄を脱皮過程で並べると、モモガニ⇒フタカワ⇒水ガニ⇒タテガニの順となります。なお。フタカワの漁獲量は多少の年変動がみられますが、タテガニやモモガニに比べると全体的には少なくなります。
モモガニの存在は脱皮を行う時期が関係しています。最終脱皮前のオスは、基本的には漁期前の9~10月頃に脱皮します。この場合には、その直後のカニ漁期中は脱皮後間もない水ガニとなります。
脱皮盛期の9~10月から数ヶ月遅れて脱皮することを「脱皮遅延」といいます。例えば、1月に脱皮する場合には、11~12月はモモガニとして漁獲対象となり、1月以降は脱皮後の水ガニとなります。
ある年の脱皮期には脱皮せず、次の年の脱皮期に脱皮するものを「脱皮休止」といいます。脱皮休止のオスは漁期をとおしてモモガニとなります。
基本的に年1回脱皮するオスで、漁期中に甲羅が硬く、ハサミが小さいモモガニが存在するのは、脱皮遅延と脱皮休止があるからです。
脱皮休止については、以前からベーリング海やカナダ北大西洋で報告されています。これらの海域では生息域の低水温化、成熟オスガニ資源の高密度化などが起こると、脱皮休止するオスが増えるといわれています。しかし、このことが日本海でも当てはまるのかどうかは今のところ分かっていません。
オスの普通の脱皮(9-10月)、脱皮遅延(1月)および脱皮休止(翌年9-10月)
オスの脱皮・成長過程を説明します。
甲幅約5cm以上のオスでは、大きさの異なる5つの脱皮齢期が存在します(下図の9齢から13齢)。ちなみに、9齢とは1齢のカニが8回脱皮してこの齢期となります。9齢は概ね全てがハサミの小さいカニで構成されます。
9齢のオスは9~10月頃に脱皮を行い、10齢のカニとなります。このときに最終脱皮となったカニが「A1」、通常脱皮となったカニが「a1」です。ハサミは「A1」は大きく、「a1」は小さいままです。「a1」は翌年の脱皮期に脱皮を行い、最終脱皮のものは「B1」、通常脱皮のものは「b1」となります。「a1」の中には、脱皮遅延もしくは脱皮休止となるものが存在し、それらが「a2」です。脱皮遅延の「a2」はカニ漁期中に脱皮し、脱皮休止の「a2」は翌年の脱皮期に脱皮し、それぞれ「B1」もしくは「b1」となります。
一方、最終脱皮となった「A1」は、その後は脱皮することなく、翌年には同じ甲羅の大きさで甲羅が硬い「A2」となります。さらに、これらは1年ごとに「A3」、「A4」、「A5」となります。これまでの海洋センターの標識放流などの調査結果から、最終脱皮後は5~6年程度で寿命となると考えられています。
10齢から11齢、11齢から12齢の脱皮過程は、上述した9齢から10齢の脱皮過程と同様です。12齢から13齢への脱皮は全て最終脱皮となるため、13齢にはハサミの小さい水ガニおよびモモガニは存在しません。なお、甲幅15cmを超えるような大型のオスもみられますが、これらも13齢と考えられます。
日本海西部のオスの漁獲サイズは甲幅9cm以上であることから、京都府では「B2」から「B5」、「C2」から「C5」、「D2」から「D5」がタテガニ、「b2」と「c2」がモモガニ(フタカワ含む)となります。ちなみに、水ガニは「B1」「b1」、「C1」「c1」および「D1」ですが、先述のとおり京都府ではこれらは漁獲されることはありません。
9齢(R)のオスが最も市場価値の高い13齢のタテガニ(D2)になるには、最短でR⇒a1⇒b1⇒c1⇒D1⇒D2の5年となります。一方、10齢から12齢まで全てで脱皮休止が起こると、R⇒a1⇒a2⇒b1⇒b2⇒c1⇒c2⇒D1⇒D2となり、8年を要することになります。ただし、10齢から12齢の間に最終脱皮となれば、13齢に達することはありません。なお、同一個体が次の齢期で連続して脱皮休止するかどうかは確認されていません。少々複雑でしたが、以上がオスの脱皮・成長過程といえます。
オスの脱皮・成長過程
海洋センターでは漁獲の対象となる甲幅9cm以上に着目し、10齢から11齢、また11齢から12齢への脱皮が最終脱皮となる確率を調べています。これは11齢と12齢の水ガニの甲羅とハサミの大きさを測定すれば、B1/(B1+b1)、C1/(C1+c1)でそれぞれ計算することができます。なお、12齢から13齢への脱皮は全て最終脱皮となります。
10齢から11齢の最終脱皮率は2008年頃から高くなる傾向がみられており、近年では40%を超えています。また、11齢から12齢では年変動が大きいですが、大きな傾向としては高く推移しており、60%を超える年がみられます。このように、最終脱皮率は年変動をともないながら、いずれの齢期においても近年高くなる傾向がみられています。その原因は今のところ分かっておらず、今後の研究課題となっています。小さい齢期で最終脱皮をするオスが増えることは、大きい齢期になるオスが減少することを意味しており、同時にタテガニの小型化につながります。最終脱皮率が今後どのように推移するのか注視する必要があります。
オスの最終脱皮率の経年変化(1995~2020年)
ここでは齢期ごとにどの程度のモモガニが漁獲されているのかを紹介します。モモガニ出現率とは、例えば12齢でいえばc2/(c2+C2+C3+C4+C5)となります。
11齢では年変動が大きく、2017年と2008年が高い値となりました。いずれも50%以上となっており、これはタテガニよりもモモガニの漁獲が多かったことを意味します。
一方、12齢は年変動が少なく、近年は10%未満で推移しています。
オスの脱皮・成長過程でも説明しましたが、脱皮休止によりモモガニとなった場合には、脱皮休止が起こらなかったときに比べ、大型のタテガニになるまでに要する年数は長くなります。さらに、モモガニは漁獲の対象であることを考えると、モモガニの出現が多くなるということは、大型のタテガニ資源量の減少につながってしまいます。
モモガニ出現割合の経年変化(2006~2020年)
ズワイガニは北半球の広い海域に生息します。各海域でオスが「親ガニ」と最小の大きさと、最大の大きさを整理してみました。
最小、最大サイズとも、海域によりかなりの違いがみられています。京都府沖合の日本海では、最小、最大サイズともこの中では大きい方です。逆に、サンプルの採集に問題があったのかもしれませんが、ベーリング海のセントマシウ島東方ではかなり小さくなっています。
同じ日本海でも、京都府沖合と日本海の中央部に位置する大和堆とでは多少異なり、京都府沖合が大和堆に比べ全体的に大きくなっています。
このように、海域によりサイズが異なる理由として、生息する海底の水温の違いが指摘されています。すなわち、水温が低い海域ほどそのサイズが小さいということです。しかし、ほぼ同じ水温であっても、サイズに違いがみられる場合も少なくはなく、水温以外の他の生物的な要因も関係していると考えられます。
水揚げ市場や魚屋さんで「ヤケ」と書かれた「コッペ」を目にすることがあります。「ヤケ」とは、その名のとおり、腹節(お腹)や脚の裏側が少し茶色がかっています。中には茶黒色になっているものもいます。親ガニになったばかりの「コッペ」の腹節や脚は、きれいな白色をしています。
これは、「コッペ」になると脱皮を行わなくなることから、年月の経過とともに傷などが蓄積し、茶色くなっているもので、病気ではありません。「ヤケ」の度合いが進んでいるものほど、親ガニになってからの年月が過ぎているということになります。
親ガニになると脱皮しなくなり、古い甲羅を脱ぎ捨てることはないというズワイガニならではといえます。
見た目には良くないかもしれませんが、味はほとんど変わらないと思います...
「ヤケ」(上)とヤケていない普通のメス(下)
トカゲは危険が迫ると、身を守るために、自らのしっぽを切って一目散に逃げていきます。後から新しいしっぽが出来る(再生)トカゲならではの芸当です。
ところで、カニの脚も再生することをご存知でしょうか?失った脚は、何回かの脱皮を繰り返して元どおりの脚となります(何回の脱皮を行えば元どおりになるのか詳しいことは分かりません)。
ちょっと話は変わりますが、水揚げ市場でのオスの選別された後の銘柄は、多いところでは何十種類にもなるといわれています(1尾が何万円もするわけですから、仕方がないことでしょうが)。その中には、「短足」「脚落ち」といった銘柄があります。
「短足」とは、再生した脚が元の大きさに至っておらず、他の脚に比べて短かったり、小さかったりする場合につけられる銘柄です。
「脚落ち」とは、落ちた脚がまだ再生していない状態のものをいいます。すでに最終脱皮をしたカニでは、一度落ちた脚は二度と再生することはありません。
「脚落ち」は言うまでもありませんが、「短足」でも1尾の値段は、普通の「オス」に比べるとかなり安くなります。
なぜ、カニの脚やハサミが落ちてしまうのでしょうか?脱皮の過程や外敵など自然の状況で失うものもあります。しかし、多くの場合は底曳網に入り一度船上に揚げられた後に、水揚げできない時期や大きさであったために、再び海に戻されたカニでよく見られます。このようなカニは、船上でのカニや魚の仕分け作業の際に、脚やハサミが落ちてしまうというわけです(詳しくは、「5ズワイガニ漁業」を参照)。
「短足」。再生した脚が元の大きさに戻っていないため、他の脚に比べ小さく短い(矢印)。
「脚落ち」。最終脱皮後に失った脚は再生しない(矢印)。
これまで述べたズワイガニの脱皮と成長について、浮遊期を含めて整理すると下表のようになります。
最初にも述べましたが、ズワイガニではふ化してからの正確な年齢は分かっていません。脱皮・成長していく中で、脱皮休止が起こると、年齢を知ることはますます困難になります。ズワイガニの年齢を明らかにすることは、今後の研究課題といえます。
(文献)
・今攸.1980.ズワイガニの生活史に関する研究.新潟大学佐渡臨海実験所特別報告.2.1-64.
・藤田矗・竹下貢二・松浦修平.1988.ズワイガニ2種の鋏の相対成長と性成熟.甲殻類の研究.17.7-13.
・山崎淳・篠田正俊・桑原明彦.1992.雄ズワイガニの最終脱皮後の生残率推定について.日水誌.58.181-186.
・山崎淳・桑原明彦.1993.大和堆におけるズワイガニの分布と最終脱皮サイズ.日水誌.59.1977-1983.
・Takeo Yamamoto. 2015. Study on early history characteristics of the snow crab Chionoecetes opilio under laboratory conditions. 1-116.
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