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脱皮を繰り返し成長したメスは、オスと交尾した後に産卵を行います。ここでは、交尾や産卵などに関する様々な行動や様子を紹介します。
一般的にメスの成熟とは、卵巣が発達し、産卵できる状態になることをいいます。ズワイガニのメスは、稚ガニとなり底生生活を始めてから9回の脱皮を行い、10齢(甲幅約6~7cm)になってから卵巣が発達しはじめます。
夏季から秋季にかけて9齢から10齢に脱皮したばかりのメスの卵巣は、白色でたいへん小さい状態です。卵巣は徐々に発達していき、脱皮をした翌年の春頃には鮮やかなオレンジ色を呈し、かなり大きくなります。この頃は、甲羅の外側からでも発達したオレンジ色の卵巣が容易に視認できます。
日本海西部では夏季から秋季(8~11月頃)にかけて、卵巣の発達がピークとなり、生涯最後の脱皮(最終脱皮)を行い、交尾をした直後に産卵します。
メスでは10齢から11齢への脱皮が最終脱皮となり、産卵を行い、お腹に卵を抱えて、親ガニとなります。親ガニになった腹節は、それまでとは異なり、たくさんの卵を抱えるため大きくて丸みを帯びます。
メスはこの腹節の形態の違いから、10齢までを「未成体」、11齢を「成体」と呼ぶこともあります。また、漁業者の皆さんは10齢の未成体を「マンジュウ」と呼ぶこともあります。
成体(11齢)と未成体(10齢)の腹節のかたち
(参考)オスとメス(未成体)の腹節の違い
卵巣が十分に発達し、成熟するとメスは産卵を行います。カニやエビなどの甲殻類の多くは、メスは産卵した卵をふ化するまでの間、自らのお腹に抱えます。
ズワイガニの産卵時期は年に2回あります。そのひとつは、夏季から秋季にかけての時期(8~11月頃)、もうひとつは冬季(2~3月頃)です。この2つの産卵は、メスの生涯の産卵回数から前者を「初産卵」、後者を「経産卵」と呼んでいます。
メスの生涯初めての産卵を「初産卵」といいます。10齢のメスが成熟する時期は、日本海西部で8~11月頃です。この時期にメスは生涯の最後の脱皮(最終脱皮)を行い、11齢(甲幅約8cm)となります。脱皮した直後のメスは、オスと交尾を行い、続いて産卵を行います。これが「初産卵」です。産卵された卵は、ふ化するまでの間、メスのお腹に抱えられます。
10齢から11齢に脱皮する直前のメス。甲羅の後縁部が割れ、ひと回り大きく新しい甲羅が現れます。
産卵を終えたメスは、その卵がふ化するまでの間、自らのお腹に卵を抱えます。この卵がふ化するのは、初産卵を行った翌々年の2~3月頃です。
幼生がふ化した直後に、メスは機会があればオスと交尾を行い、生涯の2回目の産卵を行います。これが「経産卵」で、その時期は2~3月頃といえます。このときにはメスは脱皮することはありません。
経産卵を終えたメスは、初産卵の時と同じように、お腹に卵を抱えます。この卵がふ化するのは、翌年の2~3月頃で、初産の卵がふ化する時期と同じです。ふ化が終わると、すぐに次の産卵を行い(機会があれば交尾をします)、また翌年の2~3月頃に幼生がふ化します。メスはこれを繰り返し、生涯に5~6回程度の産卵を行うと言われています。
ちなみに、海洋センターでは経産卵メスに標識票を付けて放流しており、近年の標識放流において、漁業者の方からの再捕報告の中には、放流から7年経った事例があります。この場合には、少なくとも生涯7回の産卵を行ったことを示しています。
ズワイガニの初産卵と経産卵について説明をしました。その説明の中で、ちょっと変だな?と感じた方がいるのではないかと思います。
それは、初産卵と経産卵とでは、それぞれの産卵からふ化までの期間が、前者では1年6ヶ月前後、後者では1年となっており、両者で全く異なることです。一般に魚類などでは、産卵からふ化するまでの時間は、環境とくに水温の影響を強く受けます。ズワイガニの場合、初産卵メスと経産卵メスとで主に分布する水深帯などが少し異なることが知られていますが(詳しくは、「4分布と移動」を参照)、それぞれの場所の水温がふ化に要する時間に影響を及ぼすほど大きく違うことはありません。
産卵からふ化までの期間が、初産卵と経産卵でかなり異なる理由については、今のところ明確に分かっていません。
メスの親ガニの呼名には、「こっぺ」「せこがに」などに加え、「アカコ」「クロコ」などとも言われることがあります。これは、メスが抱える卵の色の違いにより呼名が変わります。
「アカコ」とはその名のとおり、お腹に抱えた卵が鮮やかなオレンジ色もしくは赤色をしています。産卵して数ヶ月はこのような色をしています。
一方、「クロコ」とはふ化が近づき茶黒色や黒紫色をした卵をもつメスのことを言います。日本海西部海域で漁獲できるメスは、「クロコ」となります。
では、「アカコ」と「クロコ」の関係はどうなっているのでしょうか?下の図を使って説明します。
まず、8~11月頃に初産卵を行います。図では便宜的に9月を初産卵期としています。
産卵後の卵は、卵巣の色と同じ鮮やかなオレンジ色をしており、「アカコ」と呼ばれます。初産卵後の翌年11月頃になると、卵の色はオレンジ色や赤色から茶黒色に変わり、「クロコ」と呼ばれるようになります。そして、さらに翌年の2~3月頃にはふ化直前となり、卵は黒紫色を呈します(これもクロコです。)。
ふ化が終わると、すぐに次の産卵(経産卵)を行います。産卵後の卵はオレンジ色を呈していることから、再び「アカコ」となります。その年の11月頃には茶黒色となり、「クロコ」となります。このように、メスは産卵とふ化を繰り返すことで、「アカコ」「クロコ」と呼び名が変わります。
メスガニの漁期である11~12月を見ると、「アカコ」と「クロコ」の両方がみられることが分かります。初産卵を行ったばかりのメスは「アカコ」、初産卵から約1年経過したメスと経産卵メスが「クロコ」ということになります。すなわち、初産卵から1年以上を経過したものは「クロコ」といえます。
一方、春季から秋季にかけては「クロコ」はみられず、全て「アカコ」となります。この期間は卵の色から、初産卵からの経過年月の違いが識別できなくなります。
産卵後にお腹に抱えられている卵(外仔)の色の変化
メスの脱皮・交尾・産卵のパターン
「こっぺ」「せこがに」を食べるときの楽しみのひとつに、甲羅の中の「内仔」があります。「内仔」には鮮やかなオレンジ色をした「卵巣」と、暗黒色をした「肝膵臓(中腸腺)」が含まれます。
ところで、「内仔」を食べていると、左右の両端に乳白色をした袋状のものを目にすることがあります。これは、「受精嚢(じゅせいのう)」といい、メスだけが持つ器官です。その役割は、交尾によりオスから受け取った精子を貯蔵しておくための袋なのです。「受精嚢」の見た目の大きさは、貯蔵している精子の量などにより、かなりの個体差があります。
メスは生涯に5~6回程度の産卵を行うことを説明しました。実は、メスは生涯に1回の交尾を行うだけで、そのときに受け取った精子をこの「受精嚢」に貯蔵し、その後の産卵には貯蔵した精子で受精させることが可能と言われています。
生涯に5~6回程度の産卵を行うわけですから、「受精嚢」は5~6年程度は精子を貯蔵する機能をもっているといえます。
ただし、これまでの研究から、1回の交尾だけでは、その後の産卵に必要となる十分な精子を得ることは難しく、効率よく産卵を行うためには、新しい精子を受取る必要があり、複数回の交尾を行うことが分かっています。
精子を貯蔵するための「受精嚢」(黄緑の矢印)赤矢印:卵巣(成熟)水色矢印:心臓白矢印:鰓(えら)
一般的にオスの成熟とは、精巣が十分に発達し、産卵行動に加わることが可能な状態になることをいいます。ズワイガニのように交尾を行う仲間では、精巣が発達し、交尾できる状態になったものが成熟といえます。
オスのいわゆる「カニみそ」と称しているものの大部分は、暗黒色をした「肝膵臓(中腸腺)」と白色の粒々が帯状となった「精巣」と「輸精管」です。ご存じのように、精子は精巣で作られます。「精巣」で作られた精子は「輸精管」に蓄えられます。オスでは「輸精管」が精子の貯蔵庫となっています。
精巣(黄緑色矢印)と輸精管(赤色矢印)。左右一対になっています。水色矢印は肝膵臓。
ところで、精子はどんな形をしているのでしょうか?
ズワイガニの精子は、「精包」という100ミクロン程度の小包の中に入っています。「精包」の膜を破ると中から無数の精子が出てきます。精子の大きさは3~4ミクロン程度で、ほ乳類の精子でみられるような大きな頭と長いしっぽという姿とは全く異なります。精子には短いトゲのようなものが数本見られますが、しっぽのようなものはなく、活発に動くことはありません。
日本海西部海域のオスでは、甲幅約5cm(9齢)になると、精巣や輸精管の中に精包を確認することができます。このことから、オスは甲幅5cm程度で成熟するといえます。
ズワイガニの「精包」(大きさ約100ミクロン)。「精包」の中には精子がたくさん入っています。メスには「精包」の状態で渡されます(光学顕微鏡で撮影)
ズワイガニの精子(大きさは3~4ミクロン)。短いトゲのようなものがありますが、運動性は全くありません(左:光学顕微鏡右:電子顕微鏡で撮影)
ズワイガニの再生産にとってオスの役割とは、交尾を行い、メスに精子(精包)を渡すことです。オスは甲幅5cm程度で成熟するわけですから、これ以上のオスであれば全て交尾可能といえます。
ズワイガニの交尾には、初産卵の前の交尾と、経産卵の前の交尾の2種類があります。初産卵前の体全体が柔らかいメスとは、甲幅5cm程度の小さいオスでも交尾が可能と言われています。ただし、それ以上の大きさであっても、脱皮後の体の柔らかいオスは交尾できません。
一方、経産卵前の交尾が可能なのは、最終脱皮後で約1年以上が経過した硬い甲羅で、大きいハサミをもつオス、いわゆるタテガニだけです。
このように、交尾能力の違いから、経産卵メスとの交尾が可能なオスを「形態的成熟」といい、成熟はしているが経産卵メスとは交尾できないオスを「形態的未成熟」ということがあります。
初産卵前のメスと形態的成熟オス、形態的未成熟オスとをひとつの水槽に入れ、交尾行動を観察した実験があります。初産卵前のメスとは全てのオスが交尾可能ですが、交尾に成功したのは形態的成熟オスでした。形態的未成熟オスは成熟オスに威嚇され、水槽の隅に追いやられ、交尾することはできませんでした。メスをめぐる争いは、やはり大きなハサミを持ったオスに軍配があがったというわけです。
初産卵前の交尾の様子(写真:旧日本栽培漁業協会小浜事業所)上になっているのがオス、下になっているのがメス
初産卵にともなうメスの脱皮、交尾、産卵といった一連の行動は、水槽飼育により観察された報告があります。
まず、メスの脱皮前には、オスはハサミを使って、向かい合うようにしてメスの脚をしっかりと挟んでガードします。これを交尾前行動(カップリング)といいます。やがてメスは脱皮を行いますが、このときにはオスが脱皮の補助を行います。
メスの脱皮が終わると、短時間のうちに交尾が行われます。交尾は40分前後続きます。交尾が終わってから産卵までの時間は、およそ1~2時間です。ちょっと余談ですが、水槽飼育の結果では、1匹のオスが6匹のメスと交尾を行ったという報告があります。
さて、自然の海の中では、メスの脱皮の7~10日間前頃からカップリングがみられています。下の写真は1989年8月に京都府沖合の水深270mの海底で、「しんかい2000」により撮影したカップリングの様子です。写真の手前がオス(形態的成熟オス)で、奥が脱皮前のメスです。オスが大きなハサミで、メスの脚をしっかりと挟み、ガードしています。
初産卵前のカップリングの様子。手前がオス、奥がメス。
(1989年8月18日「しんかい2000」で観察)
経産卵の前にもカップリングは確認されています。「4分布と移動」で紹介したカナダで撮影されたカップリングは経産卵前のものです。
また、底曳網漁業者の話しによれば、「2~3月頃にはオスがメスをハサミで挟んだ状態で網に入ってくることがある」といいます。この頃は経産卵の時期に当ることから、これもカップリングと考えて間違いではないでしょう。
このように、オスが交尾の前後にメスをガードすることは、ズワイガニに限らず他のカニ類や、トンボなどの昆虫でもみられます。少々難しいかもしれませんが、このような行動はオスが自分の子孫を確実に残すための「繁殖戦略」といえます。
経産卵前のカップリングの様子。オスは「形態的成熟オス」です。
「コッペ」が食卓に並んだときに、一度「コッペ」の脚を良く見てください。多くのメス(「コッペ」)で写真のような「キズ」があることに気が付きます。これは「交尾キズ」と呼ばれており、交尾のときにオスのハサミで挟まれた痕跡です。
メスの脱皮のときにはオスが手助けすることを説明しましたが、脱皮直後で体全体が軟らかいときに、大きなハサミで挟まれるわけですから、「キズ」が出来るのも当然のことかもしれません。
「キズ」の程度は、メスによって様々です。
交尾のときにオスに挟まれた跡(「交尾キズ」)
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