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ここでは、ズワイガニが底生生活を始め、脱皮を繰返しながら成長していく中で、どのような場所に主に分布するのか、また、ズワイガニはどの程度移動するのかなどについて紹介します。
ズワイガニが生息する水深帯は概ね200~400mの広い範囲です。ズワイガニはこの広い範囲に均一に分布するのではなく、未成熟なカニ、成熟したカニで主に生息する水深帯が異なります。
ここでは、京都府沖合の水深220~300mの範囲(この海域ではこの水深帯がズワイガニの主たる生息域といえます)での事例を紹介します。
甲幅5cm以下のズワイガニを便宜的に「稚ガニ」と呼ぶことにします。ズワイガニは、浮遊生活を終えると稚ガニとなり底生生活を始めます。稚ガニはメス、オスともに水深220~300mの範囲に比較的均一に生息しています。
甲幅5~8cmのオスと、甲幅5cm以上でまだ産卵をしていないメスを便宜的に「若齢ガニ」と呼ぶことにします。若齢ガニになると稚ガニとは異なり、メス、オスともに水深240m付近に偏って生息するようになります。
甲幅9cm以上のオスと、産卵を行い腹節に卵を抱えたメス(甲幅約7~8cm)をここでは便宜的に「親ガニ」と呼ぶことにします。親ガニになるとメスは若齢ガニと同じように水深240m付近にかなり偏って生息します。一方、オスは主に水深270mよりも深いところに生息するようになります。
若齢ガニまではオスとメスとがほぼ同じ水深帯に生息していましたが、親ガニになるとオスとメスとで別々な水深帯に生息するようになります。
一般的にズワイガニでは、親ガニになるとオスとメスとは「別居生活」をすることが知られています。
海の中では小魚が敵から身を守るために大きな「群れ」を作って生活しています。ズワイガニも「群れ」を作って分布することが知られています。「群れ」といっても敵から身を守るという観点とは少し異なります。
ここでは、ズワイガニの特徴的な「群れ」のパターンをいくつか紹介します。
海洋センターでは「カニ篭」(詳しくは、「7 海洋センターのズワイガニ調査」を参照)という漁具を使ってズワイガニの分布や資源状況などを調べています。ズワイガニを獲るための篭を長さ約5,000 mのロープに、100 m間隔で50篭取付け、海底に沈めます。篭にはカニのエサとなる冷凍サバを入れます。エサのにおいにつられて篭に入ったカニは、外に出ることができません。
篭を沈めて約8時間後に篭を引揚げて、篭ごとに採捕したズワイガニの数や大きさなどを調べます。篭を沈めた範囲にカニが均一に分布していたとすれば、50個の篭にはほぼ同じ数のカニが採捕されます。もし、「群れ」を作っていたとすれば、そこに沈められた篭には多くのカニが採捕され、逆に「群れ」を外れるとその篭にはあまり採捕されないことになります。このように、カニ篭による調査を行うことで、約5,000 mの範囲でのズワイガニの分布状況、とりわけ「群れ」の存在やその規模を調べることができます。
下図はズワイガニ漁の解禁前に当たる10月に、水深236 mから250 mにかけてカニ篭を入れたときの結果です。
たいへん興味深いのは、メスでもクロコとアカコでたくさん獲れた場所(水深)が異なったことです。すなわち、水深243 m付近を境に、それよりも浅い方ではアカコ、深い方ではクロコが多く採捕されました。アカコとクロコは、わずかな水深の違いにより、両方が交わることなく、別々な場所に「群れ」をつくっていることが分かりました。
クロコの「群れ」は水深243 mから250 mにかけて形成されており、その大きさ(距離)は約2,000 m強と考えられます(横軸の1目盛りは約500 mの距離を表しています)。
一方、オスはメスのように、はっきりとした傾向はみられませんでした。
カニ篭調査結果(1988年10月)。黒丸は1篭ごとの採捕尾数、青色の横線は1篭当り平均採捕尾数。
次に、ズワイガニの初産卵期(詳しくは、「3 成熟と産卵」を参照)に当たる7月に、水深243 mの等深線に沿ってカニ篭を入れたときの結果を示します。
この時期のメス(親ガニ)は大きく2つのグループに分けることができます。いずれも外仔の色からアカコなのですが、初産卵を行ったばかりの甲羅の柔らかいものと、初産卵から少なくとも1年以上が経った甲羅の硬いものの2つです。ここでも興味深い結果が得られました。
甲羅が硬いアカコは、最初の篭から25番目の篭で多く、甲羅が柔らかいアカコは25番目の篭から最後の篭で多く採捕されました。すなわち、同じ水深帯においても、調査範囲の中央付近を境に、左側(西側)には甲羅の柔らかいアカコ、右側(東側)には甲羅が硬いアカコがそれぞれ「群れ」を作り、分布していることが分かりました。
オスは全体的に右側(東側)、すなわち甲羅の柔らかいアカコと同じような場所で多く採捕されました。オスとメスの親ガニは別居生活をすることを述べましたが、交尾期には例外となります。ここで採捕されたオスは甲幅7 cm前後(10齢:詳しくは、「2 脱皮と成長」を参照)の小型個体が中心であったことから、この場所では初産卵にともなう交尾にはこのような小型オスが関与した可能性が考えられます。
カニ篭調査結果(1990年7月)。黒丸は1篭ごとの採捕尾数、青色の横線は1篭当り平均採捕尾数。
下図は、ズワイガニ漁場のほぼ中心に位置する水深270 mの設けられた「ズワイガニ保護区」(詳しくは、「6 ズワイガニの保護(資源管理)」を参照)の中で、3月に調査を行った結果です。同じように50個の篭を使って、水深270 mの等深線に沿って篭を入れました。
ここでは、オスとメスをそれぞれ甲羅の硬さや成熟の度合いが異なる2つのグループに分けています。
オスでは前年の9~10月頃に脱皮を行い、甲羅が柔らかいグループ(水ガニ)とそれ以前の年に最終脱皮を行った甲羅が硬いグループ(かたガニ)です。メスでは先に述べたクロコ(経産卵メス)とアカコ(初産卵メス)です。
オスをみると、かたガニは調査範囲のほぼ中央に、水ガニは中央以外の両側、とくに右側(東側)で多く採捕されており、それぞれの「群れ」が別々の場所で確認できました。
メスの場合には、クロコはほぼ中央に、アカコは両側、とくに右側(東側)で多く採捕され、オスと同様にそれぞれの「群れ」が別々な場所で確認でき、その傾向はオスよりも明確でした。
カニ篭調査結果(2000年3月)。黒丸は1篭ごとの採捕尾数、青色の横線は1篭当り平均採捕尾数。
3月の調査で採捕されたクロコは、ふ化間近の卵をお腹に抱え、ふ化が終わると、直後の産卵に向けて、新しい精子を受取るため、オスと交尾をします。
上図でかたガニとクロコが同じ場所に「群れ」を作っていたのは交尾のためと考えられます。この交尾は上述した初産卵のときとは異なり、生涯2回目以降の経産卵にともなうものです。ここで採捕されたかたガニは、甲幅9 cmから13 cm以上の大型のものが主体でした。一方、この「群れ」から外れた場所のかたガニはこれらよりも小さいものが主体でした。
話は変わりますが、カナダの研究者が水槽実験を行い、たいへん興味深い結果を報告しています。それは、産卵を控えたメスと大型のオス、そして小型のオスを同じ水槽に入れ、どのオスが交尾に成功するのかを観察しました。結果は、だいたい想像がつくかと思いますが、交尾に成功したのは大型のオスでした。小型のオスは大型のオスに威嚇され、水槽の隅に追いやられ、交尾することはできませんでした。
この水槽実験と同じようなことが、深い海の底でも起こっていたと考えられます。保護区内で経産卵メスと交尾を行ったのは、甲幅13 cm以上の大型のオスだったのかもしれません。
カナダ・ニューファンドランドで撮影された交尾前行動(水深約30m)。大型のオスがメスを抱え、ふ化が終わると交尾します(Comeau and Conan. 1992)。
京都府の底曳網漁船は解禁直後の2~3航海は、ほとんどの船がメスを狙って操業します。メスで水揚げができるのは「クロコ」だけです。メスを狙った操業で「クロコ」がたくさん網に入ってくれば、操業する場所としては上々といえます。しかし、水揚げが禁止されている「アカコ」ばかりが網に入ってくると、次の操業は場所を変える必要があります。
では、次の網をどこに入れるのか?漁業者の皆さんは、次は少し深い水深帯に網を入れます。これは、先にも述べたように、ある水深帯を境にして、浅い方には「アカコ」、深い方には「クロコ」がそれぞれ「群れ」をつくるというズワイガニの分布特性を利用した漁業者の皆さんの知恵といえます。
ズワイガニの「群れ」と底曳網の操業範囲(航跡図)を模式的に現すと概ね下の図のようになります。
「群れ」の大きさは大小様々ですが、およそ1,000~2,000mと考えられます。底曳網の1回の操業では、船はゆっくりとしたスピードで網を曳きながら3,000m程度を移動します。
底曳網の網がズワイガニの「群れ」の中を横切れば、大漁が期待できますが、「群れ」を外れてしまえばあまり良い漁は期待できません。実際の漁業の現場では、2隻の船がすぐ近くで同じように操業していても、水揚量が全く違うということが少なくありません。下の図でいえば、A丸は豊漁が期待できますが、すぐ近くで操業するB丸はあまり期待はできないことになります。
底曳網の操業ごとの好不漁を決定する要因のひとつには、このようなズワイガニの「群れ」といった分布特性があったのです。
ズワイガニの「群れ」と底曳網の操業範囲(イメージ図) 黒丸がズワイガニ、赤と緑色線が底曳網の操業中の航跡を表します。
ズワイガニは遊泳脚をもつガザミやイシガニなどのワタリガニの仲間と違い、海面近くをスイスイと泳ぐことはできません。移動となれば長い脚を使って海底を歩かなければなりません。
ズワイガニはどの程度まで移動するのでしょうか?
海洋センターでは、カニ篭で採捕したズワイガニに標識票(タグ)を脚に取付けて、海にリリースします。これを「標識放流」といいます。
標識票は直径15 mmのプラスチック製の円盤型で、放流する年により白、赤、青、黄色など色々な色を使い分けします。標識票には京都府を表す「KT」という記号と、4桁のとおし番号が刻まれています。この標識票をズワイガニの脚の付け根あたりにナイロン製のファスナーを使って取り付けます。
標識放流されたズワイガニは、底曳網によって再び獲られます。これを「再捕」といいます。漁業者の皆さんからは再捕したズワイガニに付いていた標識票の色、番号、そしていつ、どこで再捕したのかなどの情報が海洋センターへ報告されます。
つまり、放流した場所から再捕された場所までが、そのズワイガニが「移動」した距離といえます。
ズワイガニの「移動」などを調べるために取付ける標識票
標識を付けたオス(左)とメス(右)
皆さんが標識を付けたズワイガニを発見されましたら、ご面倒でも「海洋センター」までご連絡ください!
たいへん貴重なデータとなります!
宮津市字小田宿野 TEL:0772-25-3076 FAX:0772-25-1532
京都府沖合で標識放流されたオス(甲幅約10 cm)が、島根県隠岐島の沖合で再捕されました。放流から再捕されるまでの期間は758日で、その間の移動距離は直線にして約200 kmにも及んでいます。これがこれまでの記録となっています。その他にも鳥取県沖合までの100 km前後の移動もこれまで確認されています。
しかし、これらは何万尾も放流したごく一部の事例であり、全体の9割以上が京都府沖合の放流場所近くで再捕されています。放流から5~6年度経って再捕される事例もありますが、これらもほとんどが京都府沖合での再捕となっています。
なお、京都府よりも西方向の移動はみられましたが、東方向への移動は福井県沖合で1~2例みられた程度で、石川県沖合での再捕は皆無です。
最も遠くまで移動した事例(放流場所から再捕場所まで約200km)
日本海に生息するズワイガニの仲間は、ズワイガニとベニズワイの2種です。ズワイガニは主に水深200~400 m、ベニズワイはそれよりもさらに深い水深500~2,000 mに生息します。このようにズワイガニとベニズワイとは、水深帯の違いにより「すみわけ」をしています。
しかし、双方がしっかりと「すみわけ」しているわけではなく、境界付近では以前からズワイガニとベニズワイの交雑種(ハイブリッド)が確認されています。
雑種は、体の色はズワイガニよりも赤みを帯びますが、ベニズワイほどではない。甲羅のかたちをみると、後縁部の傾斜がズワイガニよりも急ですが、ベニズワイほどではない。このように、雑種は文字通りズワイガニとベニズワイの中間型といえます。
ちなみに、ベーリング海などでは、ズワイガニとオオズワイガニとの雑種が確認されています。
一般的に雑種は子孫をつくることができないと言われています。もちろん、ズワイガニとベニズワイとの雑種も例外ではありません。雑種のメスの親ガニは、お腹にほとんど卵を持っていません。
雑種のオス(下)とメス(上)
(文献)
M.Comeau and G.Y.Conan.1992.Morphometry and gonad maturity of male snow crab, Chionoecetes opilio. Can.J.Fish.Aquat.Sci.49.2460-2468.
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