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底曳網によるズワイガニ漁業には、資源の保護を目的とした種々の漁業規制が課せられていることを紹介しました。しかし、その規制だけではズワイガニを保護するためには、必ずしも十分ではないことが分かってきました。
このような中で、これまでの漁業規制に加え、京都府の底曳網漁業者の皆さんが取り組んできた独自の「ズワイガニの資源管理」について紹介します。
ズワイガニ漁業では、水揚できる時期や大きさ、また数量などについての厳しい取決めがされています(詳しくは、「5 ズワイガニ漁業」を参照)。それにもかかわらず、漁獲量は一時には最盛期の10分の1以下にまで減ってしまいました。その原因として、いわゆる「乱獲」や「混獲ガニ」などの問題があげられます。
このように、ズワイガニにとって「底曳網」は最大の「天敵」となっているのです。
そこで、ズワイガニが安心して生活できる場所「カニの安住の地」をつくり、積極的にズワイガニを保護する方法を検討し、実践しています。
沿岸域では、コンクリートブロック(魚礁)を海底に設置して、魚が棲みやすい環境を人工的につくる取組みが以前から盛んに行われています。魚礁の中で小さい魚を保護し、大きい魚だけを魚礁の周りで獲るという考え方です。
このような考え方をズワイガニに応用したのが「ズワイガニ保護区」です。つまり、ズワイガニが生息する海底の一定範囲に大型のコンクリートブロック(一辺が約3 m、重量が約13トン)を設置し、その範囲を「保護区」とするものです。コンクリートブロックを設置することで、底曳網は網が曳けなくなり、保護区内のズワイガニは漁獲されることなく完全に保護されます。
京都府ではズワイガニ資源の回復を目指して、どこに、どれくらいの規模の「保護区」をつくるのかを、漁業者の皆さんと協議を重ねました。その結果、1983年に全国で初めてズワイガニを対象にした保護区が、京都府沖合の水深270 m域に2マイル(3.7 km)四方(13.7 km2)の規模で設置されました。
「保護区」内に設置するコンクリートブロック
コンクリートブロックの設置作業。大型クレーン船のワイヤーでブロックを吊り、海底近くまで降ろして切り離す。
海底のコンクリートブロック。イソギンチャク類やバイ貝などが付着(1989年8月18日「しんかい2000」で観察)。
全国で初めて設置したズワイガニ保護区について、どれくらいの効果があるのかを調べる必要があります。保護区内は網が曳けないため、海洋センターではカニ篭(「7海洋センターのズワイガニ調査」を参照)を使った調査を保護区内と区外で行い、カニの密度を比較しました(下図)。
保護区を設置して3年ほどは、区内外でカニの密度(CPUE)に大きな差はみられませんでした。それ以降にはオス、メスともに区内の密度が区外よりも高くなる傾向が認められました。
また、カニ篭で採捕したメスに標識票を付けて、保護区内と区外に放流しました。標識票を付けたメスは底曳網により再捕されます。区内に放流されたメスは、区外に移動し再捕されます。漁業者の皆さんからの再捕データをもとに、区内と区外に放流したメスの生残率などを推定しました。区内に放流されたメスの生残率は、区外に放流されたものに比べ、高いことが明らかとなりました(下表)。このことは、一部のメスは保護区の外に移動し、漁獲されますが、残りは区内に留まり保護されることを示しています。保護区内の密度が区外よりも高く推移したのは、このような保護効果によるものと考えられます。
ズワイガニの漁期は11月から翌年3月までの約5ヶ月間です。一方でこの期間、とくに2~3月頃は、ズワイガニの再生産(次の世代の子供をつくること)にとって最も大切な時期に当たります。それは、メスが抱える卵がふ化する時期であり、その直後にはオスと交尾し、次の産卵を行うからです。
「4分布と移動」で述べましたが、3月に保護区内で行ったカニ篭調査では、卵をふ化させる直前のメスとその後に交尾を行うオスとが、同じ場所に「群れ」をつくっていることが確認されました。区外であれば漁獲の対象となるところですが、保護区により完全に保護されており、このことは保護区の再生産に対する効果といえます。
1983年に初めての保護区を設置し、その後の様々な調査により、その効果が明らかにされてきました。京都府沖合では、調査と並行して徐々に保護区域を拡大しました。現在は、6ヵ所に保護区を設置し、合計面積は67.8 km2となりました。これは東京ディズニーランド133個分、甲子園球場1,700個分の広さに相当します。
保護区は水深約235 mから300 mの範囲に設置し、稚ガニから親ガニ、さらには脱皮後の水ガニなど、ズワイガニの生活史を通して保護できるように場所の選定が行われました。
第6保護区内のコンクリートブロックの配置
京都府のズワイガニ漁獲量は、一時は大きく減少しましたが、その原因のひとつには「混獲ガニ」という問題があげられます。減少したズワイガニを増やすためには、「混獲ガニ」をなくす、すなわち、ズワイガニを水揚できない時期には底曳網でズワイガニを混獲しないようにする必要があります。
秋季の気温や海面近くの水温は20℃以上になり、0~3℃程度の冷たい環境に生息するズワイガニにとっては、この高気温や高水温は致命的なものとなります。また、この時期はズワイガニの脱皮期でもあり、脱皮後間もないカニは体全体が柔らかく、一度網に入ると他の漁獲物に押しつぶされてしまいます。
秋漁期には、底曳網はズワイガニが生息する場所で、アカガレイ、ヒレグロ(黒がれい)、ホッコクアカエビ(甘えび)などを獲っていました。しかし、秋漁期に混獲されたズワイガニはそのほとんどが死亡するため、その後のズワイガニ漁に大きな影響を与えます。
京都府沖合では、漁業者の皆さんの自主的な取組みにより、秋漁期には1979年から底曳網の操業禁止区域が設定されました。禁止区域の範囲は、漁業者の皆さんの話し合いにより何回か見直しが行われており、現在は水深220~350 mとなっています(下図)。
この禁止区域の取組みは、京都府の沖合で同じように操業する隣接県の沖合底曳網漁船も含めて守られています。
秋漁期の操業禁止区域の範囲
秋漁期には先に述べたように、ズワイガニを混獲しないように底曳網の操業禁止区域が以前から設定されていました。一方、春漁期には主にアカガレイ漁がズワイガニの生息場所で行われており、その際の混獲量が多く、問題となっていました。
大きく落ち込んだズワイガニ漁獲量を回復させるためには、秋漁期に加えて春漁期の混獲量を減らす必要がありました。漁業者の皆さんはズワイガニの保護を優先するのか、これまでどおりにアカガレイの漁獲を優先するのかの選択に迫られました。ちなみに、春漁期の漁獲のメインはアカガレイでした。
十分な議論の結果、1994年の春漁期から秋漁期とほぼ同じ水深約230~350 mの範囲が操業禁止となりました。春漁期の禁止区域についても、秋漁期と同じように、同じ漁場で操業する隣接県の漁船も一緒になって取組まれています。
海洋センターが行ったメスガニ標識放流の調査結果から、春漁期に禁止区域をつくったことにより、それ以前に比べ自然死亡率(主に混獲死亡)が低下し、生残率は約15%高くなったことが明らかとなりました(下表)。
春漁期の操業禁止区域の範囲
京都府のカニ漁場では、混獲ガニを減らすため1979年には秋漁期、1994年には春漁期にズワイガニが主に生息する水深帯での操業が自主的に禁止されました。操業禁止区域が設定されてからは、アカガレイなどを獲る操業はこの区域外の南側(浅い方)で行われています。しかし、場所や年によっては、その操業でもたくさんの小型のカニが入網しました。このようなことから、操業禁止区域をさらに広げることが検討されましたが、広げると全くアカガレイを獲ることができなくなります。
そこで、漁業者の皆さんから海洋センターへ出された要望は、網に入ったカレイ類は漁獲し、カニは海中で逃がすことができる漁網の開発でした。当時、福井県で開発されていた改良型の「越前網」を参考に、京都型の「改良網」の開発試験を実施しました。
改良したのは、網口近くに斜め方向に「登り網」、その後方に目合60 cm(一辺が30 cmのひし形のイメージ)の「選択網」を取付けます。さらにその後方に網の上下を仕切る「仕切り網」を取付けます。「仕切り網」の下部の底網の一部を切り落とし、「排出口」とします。改良点は以上です。
網に入ったカレイ類とカニの動きを簡単に説明します。カレイ類は遊泳力があるため、「登り網」「選択網」「仕切り網」と網に沿って網奥へと入っていきます。一方、カニやヒトデ類は、遊泳力がないため、「選択網」から下方へ落ちて、「排出口」から網外に出ていきます。
実際の漁網を改良し、排出口にカバーネットを取付け調査を行いました。その結果、網に入ったカレイ類の約80%を漁獲、ズワイガニやヒトデ類の約90%が排出されることが分かりました。
「改良網」での操業では、1.ズワイガニが保護され2.カニやヒトデ類の混獲がないため、船上での選別時間が大幅に短縮3.カニやヒトデ類が少ないため、カレイ類の鱗の剥離や傷がなく、高鮮度が保たれるなどの効果がみられました。「改良網」は京都府では2002年に府内の底曳網全船に導入されました。
ズワイガニを水揚げするのは我が国をはじめ、米国、カナダ、ロシア、韓国などがあります。この中でメスを水揚げしているのは、我が国だけです。研究者の間では、日本海のズワイガニ漁獲量が大きく減少した原因には、メスを漁獲しているためという指摘がありました。また、我が国でもズワイガニ漁業に対して、「メスガニの漁獲禁止」を唱える研究者もいました。
果たしてメスを獲らなければ、ズワイガニ資源は回復し、どんどん増えるのでしょうか?イエスかノーかの答えは難しいですが、そのヒントは以前からメスの漁獲を禁止している他国の事例があります。例えば、米国ベーリング海のズワイガニ漁業では、一時資源が大きく減少し、漁業そのものが禁止となったこともあります。
下の写真は、米国アラスカ州コディアク島周辺でオオズワイガニ(ズワイガニの近縁種)の交尾時期に潜水観察されたときの様子です。交尾を間近にしたメスが集まり2~3重のマット状になったり(写真A)、さらにはマウンド状になったり(写真B、C)しています。ひとつのマウンドは数百尾のメスからなっており、このようなマウンドが数メートル間隔で観察されています。
一方、交尾相手のオスはどこにいるのか?オスはこのマウンドの下や周辺に数尾が確認された程度でした。この状況からすれば、全てのメスが限られた時間内に交尾できるとは思えません。交尾できなかったメスは、「受精嚢」に蓄えた精子を使って産卵を行いますが、十分な精子を持たない場合には受精率が低下します。
メスの漁獲を禁止している海域では、メスはたくさんいますが、交尾相手となるオスは漁業の影響により数が減り、正常な再生産が行われていないことが考えられます。
これらのことは、一方的にどちらかを獲る(あるいは獲らない)のではなく、両方をバランスよく獲ることが重要と考えます。では、そのバランスとはどうなのか?ズワイガニ資源に対して全く漁業が行われていない、つまりオスもメスも獲らないときに、海の中のオスとメスとの割合(性比)がどうなっているのかを計算してみます。計算するのは、メスは「経産卵メス」、オスは「形態的成熟オス(タテガニ)」です。計算の結果から、メス2尾に対し、オス1尾の割合が適当であると推定されました。
アラスカで観察された交尾時期のメスガニ(オオズワイガニ)の集団。マット状の集団(A)とマウンド状の集団(B,C)。交尾相手のオスガニは極端に少ない(B. G. Stevensetal.(1994))。
メスとオスをバランスよく獲るにはどうすればよいのでしょうか?
京都府沖合ではズワイガニ漁業が行われることにより、漁場内のオスとメスの割合(性比)がどうなっているかです。少し古いですが1990年頃のデータを使って計算した結果、メス3~4尾に対して、オス1尾という割合となり、十分なオスがいないと考えられました。
その原因のひとつには、経産卵メスとの交尾が不可能な「水ガニ」を漁獲することにより、交尾可能なオス(タテガニ)が減少していることがあげられます。また、「水ガニ」の市場価値は低いため、価値が高いタテガニを漁獲することで水揚げ金額の増加が期待できます。
このようなことから、京都府では「水ガニ」の漁獲を制限するために、漁業者の皆さんにより漁獲サイズの拡大や漁期の短縮などが取組まれました。2008年には全国に先駆け「水ガニ」の漁獲が全て禁止され、現在に至っています。
(文献)
山崎淳.1990.「しんかい2000」による京都府沖合の保護区内のズワイガニChionoecetesopilioの生態観察.「しんかい2000」研究シンポジウム報告書.335-340.
B. G. Stevens, J. A. Haagaand W. E. Donaldson. 1994. Aggregative mating of tanner crabs, Chionoecetes bairdi. Can. J. Fish. Aquat. Sci. 51. 1273-1280.
山崎淳・大木繁・田中栄次.2001.京都府沖合海域における標識再捕データによる成体雌ズワイガニの死亡係数の推定.日水誌.67.244-251.
Atsushi Yamasaki. 2011. Fisheries management of the snow crab, Chionoecetes opilio, off Kyoto Prefecture in the western Sea of Japan, with emphasis on its resource recovery. New Frontiers in Crustacean Biology. 85-94.
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