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私はカナダで生まれ、就職を機に日本に移住しました。日本に来てからは、なぜ日本で就職しようと思ったのかと頻繁に聞かれます。一番の理由は日本のものづくりに携わりたいという想いがあったからです。
外国から見た日本は「創造の国」です。車、電化製品、アニメなど物質的なものを通してその根底にある想像力、そしてそれらを具現化させる日本人の仕事に対しての姿勢が世界を魅了しています。このイメージで育った私は、いつか日本でものづくりをしたいと強く思うようになりました。
日本製のものに囲まれて育ったため、就職先は迷わず大手のメーカーに決めました。ところが文系である私には、ものづくりに直接携わることは許されませんでした。夢を諦めきれず、転職を重ねて経験を積み、創造の第一歩である企画業を専門とする二十代を過ごしました。消費者はどのような夢を持って人生を歩み、何があればより豊かになるかを日日考える仕事でした。商品を企画し、経営に貢献する計画を立て、社内外の関係者を説得し、開発や製造、販売などに繋げていく仕事はやりがいがありました。
しかしながら、徐々に違和感も生まれてきました。企画という仕事は、実際にものを作る開発や製造、魅力を伝える販売段階では、商品が自らの手を離れてしまいます。そして何より、利益確保を理由に見栄えやブランドイメージを活用し高値で販売します。同時に原価はできるだけ下げ、時には品質を犠牲にすることをも要求されます。より利益を生み出し続けることは企業の宿命ですが、それならば、私は一人で企画から開発、製造、販売まで全てを担い、経営のジレンマの責任も取れる仕事をしたいと思い始めました。偶然にもそのタイミングで陶芸と出会ったのです。
もちろん陶芸でもコストを抑え、売上を上げる努力は必要です。しかしながら、ここには消費者の生活の豊かさや利益にとどまらず、もう一つの価値がありました。それは「創造の喜び」です。すなわち生産自体がその人に充足をもたらすのです。現代の社会経済は消費ばかりが注目され、消費者を満足させ企業が競争することに夢中になっています。働く人は自分以外の人々の豊かさを実現させることで報酬をもらい、自身も消費をします。ものを作る工程が喜びを生み、それを手にとる消費も喜びを生むという共栄の価値観を失いつつあります。利益は大事ですが、品質の低いものを作り、高値で売ることは望ましいのでしょうか。陶芸では創造の喜びが器に宿り、初めて比類ないものが生まれます。そのようなものづくりは作り手の生きがいという新たな価値を世の中にもたらし、本来ものづくりが持つ消費者の感動をも取り戻すことができると信じ、陶芸という道を選びました。
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