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秋晴れの鴨川で、“ふ”とした瞬間に目にした光景の「動」を感じる写真を集めてみました。
鴨川でも下流域の「新大宮橋」上流にある落差工での瞬間です。先日の豪雨による増水で大きな寄州に青々と茂っていた草もほとんど流されて、石ころが転がる“河原”と言われて連想する代表的な姿が現れました。
<増水後 新大宮橋上流一つめの落差工>
(寄州の草も殆ど流されました)
その様子を眺めていると、護岸近くに集まった小魚が盛んにジャンプして落差工を飛び越えようとしています。何度も何度もトライしてようやく飛び越えていく姿に思わずシャッターを押しました。先日の増水で流されたのでしょうか、上流を目指して躍動していました。
<跳ねる小魚 写真中央付近>
(力一杯のジャンプです)
上空からは、「ピーヒョロロ~」とトビの鳴き声が、そこに被せるように「カーカー」とカラスの鳴き声です。カラスがトビにちょっかいを掛けて空中バトルです。同じ電線に仲良く留まっている光景も目にしますが、カラスがトビを追い回す姿も頻繁に目にします。遊んでいるのでしょうか。
<上:トビ 下:カラス>
<上:トビ 下:カラス>
(執拗に追い回します ストーカー?)
秋の青空で、大きく翼を広げて舞っているのは、“ダイサギ”です。負けじと“コサギ”もその純白の翼を広げます。増水の影響で「中州」「寄州」から草が無くなりました。
<抜ける様な青空に“ダイサギ”>
<飛行機雲をバックに“ダイサギ”>
<負けずに“コサギ”>
<狩りへと向かう“ダイサギ”>
いつもは、草陰からゆったりと獲物を狙う“ダイサギ”も護床ブロックの設置された浅瀬でアグレッシブな動きを見せて小魚をくちばしに挟んでいます。
<素早い動きに翼も乱れる“ダイサギ”>
<“くるっ”とむき直して>
<お魚ゲット>
一転“微動だ”にしないのは、“アオサギ”です。太陽に向かって翼の天日干しをしています。長い翼を着物の裾をちらりとめくるような格好で太陽を真正面に据えての日光浴です。日焼けはしないと思いますが・・・。
<朝日を浴びて“アオサギ”>
(朝に礼拝?)
<正面から“アオサギ”>
(他のサギがこの格好をしているのは見たことないです)
<“アオサギ”幼鳥>
(少し翼の広げ方が違うような)
カモも渡り鳥らしく、青空をバックに上空を編隊飛行しています。飛んでいる姿からは判別が付きませんが、渡り鳥の「コガモ」が群で泳いでいる姿も見かけました。まだ冬羽のいでたちで、オスの特徴である目の回りの鮮やかなグリーンのマスクは見えません。
<カモの編隊飛行>
<コガモの群れ>
濁り水が洗い流されて、更に澄んだ水が流れる鴨川の比較的浅瀬で“カイツブリ”が潜っている姿が目にとまりました。いつものように体を沈めては浮かんでの繰り返しです。
<プカリと浮かぶ“カイツブリ”>
いつもと違うのは、澄んだ水にたっぷりの太陽の日差しを受けて、水の中を泳ぐ様子が手に取る様にわかるので、浮かんでくる位置を追いかけることが出来る点です。比較的飛ぶのが苦手な野鳥ですが、この日は離水シーンも撮らせてもらいました。
<“カイツブリ”入水>
(入水時の姿が見えます)
<“カイツブリ”飛び立ち>
魚を大量に食するため、魚を愛する人々に天敵のように嫌われる事もある“カワウ”も元気に潜水しています。柊野の堰堤下にも遠征して来ています。岩場の下の水しぶきの中で魚を追い回しています。
<すかり穏やかになった柊野堰堤>
<忙しく動き回る“カワウ”とそれを見つめる“ダイサギ”>
ブロックの上で休んでいる“カワウ”も動いていないようで、動いています。口を少し開けてのど元を“ぷるぷる”と震わせているのは何のためでしょう。魚をウノミにするための鍛錬でしょうか。
<喉元を震わせる“カワウ”>
水に潜って浮かんできた口元には、魚が加えられています。グッと一呑みに飲み込みました。そして水面を蹴り、点々と蹴り跡を残しながら離水体制に入ると、次の漁場へと飛び去っていきました。
<魚をくわえる“カワウ”>
<助走で勢いを付ける“カワウ”>
高野川、鴨川が合流して川幅が広がった賀茂大橋下流では、男性二人が両岸に別れてキャッチボールを試みています。少し距離がありすぎて、ナイスキャッチとはいきませんでしたが、色んな事を考えるヒトがおられるようです。
<右岸から遠投>
<左岸からも遠投>
<あと少し届かない>
上流からの濁流に乗って運ばれてきた土砂で、少々埋没した出町の飛び石では、埋没を逃れた場所で女性がその名のとおり、カメの上を“ぴょんぴょん”飛んで楽しそうです。やはり、飛び石は川を渡るだけでなく、鴨川を体感するスポットとしても親しまれているようです。いつかこの埋もれた部分も発掘されるものと思います。
<出町の飛び石でジャンプ>
<靴下も脱いで裸足でジャンプ>
(この日はまだ流木が残っていました)
高水敷の広場では、ソーランのチームが踊りを合わせています。この日は揃いの衣装に袖を通しての練習です。秋の文化祭典へ向けて仕上げの練習なのでしょうか。大きな声でリズムを合わせて複雑な振り付けを見せてもらいました。
<本番に向けて仕上げの練習でしょうか“ソーランチーム”>
「スポーツ」「文化」「芸術」「読書」「食欲」「実り」「行楽」「紅葉」などなどと、「秋といえば」の頭に付く言葉は沢山ありますが、鴨川ではこの全てが当てはまるのではないでしょうか。人々の生活に根付く鴨川の魅力を今後も発信していきたいと思います。
平成25年10月8日 (京都土木事務所Y)
御所南小学校では、例年4年生の総合的な学習の授業で「わたしたちの鴨川」と題して、鴨川のことを学習されています。京都土木事務所からの出前講座も今年で3年連続してお届けすることとなりました。
過去2回は、4年生全員約200名を体育館に集めての出前講座で2校時分1時間半をかけて行っていましたが、今年度は短期少数集中講座ということで、3クラス約10名2班に別れて約50分のダブルヘッダーでの講座となりました。
最初に資料「わたしたちの鴨川」濃縮版で鴨川の全体像をここはポイントというツボを押さえながら解説していきます。鴨川の流域図を見せ、「これ何かわかる人」と尋ねると「京都市!」と元気な声が返ってきました。
<鴨川の流域から>
「鴨川のみんなが歩いている所は、“高水敷”といいます。大人でも知らない人の方か多いと思います。今日返ったらお家の人の聞いて見て下さい。」と一つ新しい言葉を覚えて頂きました。みんなお家の人に聞いてみてくれたかな。
<高水敷(こうすいしき)>
約25分間熱心に講義を聴いてくれた後は少しクイズで学習です。授業で一度鴨川の様子を体験してきた児童たちに、今の時点で鴨川の事をどれだけ知っているか調査してみました。
ここで、第一問「五条大橋付近の鴨川で大量発生していたのはどっち?」画面に写真を映し出してどれがホントかなと出題します。画面には「ゲンジホタル」と「トビケラ」が並んでいます。何度もこのクイズを出題していますが、画面をみただけで「トビケラ」と大きな声で答えてくれたのは始めてです。
<これなんだかわかる人 「ハイ、トビケラ!」>
そして、このトビケラの大量発生を防ぐために、春先にブルドーザーで川の中を均して卵のうちにつぶしてしまうことや、「ホタル」の生態など、クイズにまつわるエトセトラを解説していきます。
「上空から急降下して人の食べ物を奪い取る野鳥はどれ?」の問いには、「僕も取られた」「私も取られた」と声が上がります。「ハト」「ユリカモメ」「カワウ」「トンビ」が並んでいます。
過去2回の出前の時には、一人二人は体験者がいたようですが、今回はあちらもこちらもと被害者が激増しているようです。当然ほとんど全員が正解でした。こちらのクイズにも、「トンビ」に狙われにくくする為のワンポイントアドバイスも付けて解説を加えました。
<トンビに食べ物を横取りされたことある人>
<ハイ、ハイ、ハイ、ハイ、ハイ>
クイズに続いては、皆さんからの質問コーナーです。学習の一環で、鴨川の昔の様子の写真を見ての質問も多く出されました。
「昔の鴨川にあったもので、今では無いのはなぜ?」。
「なぜ鴨川に通路を造ったの?」「鴨川はいつ出来たの?」。
また、「みそそぎ川と鴨川の関係は?」などなど色んな質問をいただきました。
<みそそぎ川は昭和10年の大水害以降に現在の形に作られました>
<質問です>
<感想をいただきました>
そして、「鴨川で珍しい生き物はいますか」という質問が出されました。そこで、京都土木事務所のホームページ「鴨川真発見記」のコーナーで「こんな生き物がいました」という記事も書いているので見てください。と「鴨川真発見記」を宣伝しておきました。
そこで、これまでに「これ鴨川では“珍しい”“少し困った”」という感じでご紹介した生き物を少しピックアップして写真を見てみましょう。
鴨川の三条大橋~四条大橋の間の護岸工事に際して、捕獲された巨大な「スッポン」と「ウナギ」です。ポンプに吸い上げられそうになっている所を救助され、無事に鴨川の安全な場所に返されました。
<巨大ウナギ>
<大きなスッポン>
<また“スッポン”一匹保護>
最近では、鴨川にあまり姿を見せなくなった「ヨシガモ」のオスが一羽だけ鴨川で過ごしました。夏には、北へと渡るはずのこの「ヨシガモ」は、仲間と離れて鴨川に居残っていました。
<ヨシガモ1>
<ヨシガモ2>
<ヨシガモ3 マガモと仲良し>
警戒心が強く、人が近くにいる所へはあまり寄りつかない野鳥。日本野鳥の会京都支部の方も、鴨川でカワアイサの目撃情報は初めてとのことでした。
<カワアイサ1>
<カワアイサ2>
<カワアイサ3>
日本野鳥の会京都支部の会員さんの目撃情報から、探してみると京都土木事務所のすぐ傍で見つけることが出来ました。京都府の準絶滅危惧種で、府内全域でも目撃情報も少ない野鳥だそうです。
<ササゴイ>
<日本野鳥の会京都支部提供の“ササゴイ”写真>
特定外来生物として、法律で駆除が定められている生物。ネズミの仲間で繁殖力が強く、エサやりで爆発的な増殖を見せる。現在も鴨川のいたるところに生息している。
<ヌートリア>
<エサやりはやめてください>
<ヌートリアへのエサやり自粛を呼びかける看板 最下段>
夜店などで「ミドリガメ」の愛称で売られている「ミシシッピアカミミガメ」。こちらも外来種で、繁殖力が強く、在来種のカメの生息域を狭めているそうです。
<ミシシッピアカミミガメ 後脚をピンと伸ばして>
<同上 大ガメ・中ガメ>
<同上 大ガメ・小ガメ>
質問コーナーも終わって“あっ”という間の出前講座ダブルヘッダーも幕を閉じました。児童達の鴨川に対する関心をより強めるお手伝いが出来たのではないかと思います。
これから進んで行く学習が、鴨川という京都の顔とも言われる川の未来を守る力となることを期待しています。
平成25年10月8日 (京都土木事務所Y)
10月に入って朝晩秋めいてきましたが、日中には30度を超す真夏日も飛び出しました。「寒の戻り」ならぬ「暑の戻り」なんて言葉は無いとは思いますが、それでも少しづつ鴨川の季節も変化していきます。台風18号の影響を確認しながら鴨川を散歩し、気になる場面を拾ってみました。
高野川の護岸が抜け落ちた所には、土のうが詰められて応急処置が完了し、通行止めが解除されました。これで迂回することなく、出町までスイスイと繋がりました。
<高野川の護岸 応急処置>
出町の飛び石は、高野川側が堆積した土砂の影響で埋もれてしまい、その上に水が乗ってしまっているので、靴のままでは濡れてしまいます。
近くに「賀茂大橋」「出町橋」「河合橋」がありますので、生活に支障は無いと思いますので、しばらくの間ご辛抱ねがいます。
今では、鴨川を代表する風景となった出町の飛び石ですので、このまま沈んだままにはならないと思います。ぴょんぴょんと跳んで向こう岸までたどり着ける日を楽しみにお待ちください。
<水没した石と水没スレスレのカメ>
二条大橋の飛び石の傍では、「カルガモ」と「マガモ」のミックス集団が、盛んに草の先に実った実を食べています。このままミックスが進むと、何だか全く違った種類の野鳥が誕生してしまいそうです。
<草の実のりをいただくカモ>
川の中で、黄色い目立つものがゆっくりと流れているなと思っていると、上流へと向きを変えました。よく見てみると、釣り上げられそうになって、釣り糸を切ったのでしょう。口元に疑似餌を付けた鯉が泳いでいるのでした。少し可愛そうではありますが、ポジティブに、鯉のファッションリーダーと思ってあげることにしました。
<ピアスをした鯉>
これも秋の植物なのでしょうか。猫じゃらしのお化けといった感じの毛むくじゃらです。府立植物園の植岡さんに聞いてみると「チカラシバ」だそうで、“”“ネコじゃらし”というよりは“ビン洗いのブラシ”という表現がなるほどピタリ。
非常にしっかりした草で、引き抜くにも刈り取るにも厄介で、「チカラシバ」の名の由来も引きちぎるのにも「力」がいることからきているとのこと。植物園の植岡氏からも、「この草なら大増水にも耐えられるでしょうね」とコメントが寄せられました。
<チカラシバ>
コガモの数も増えてきていて、鴨川のいたる所で目にします。昨年までは、この冬場に変わる前のコガモを認識できませんでした。これから、オスが頭に茶色、目元に緑の鮮やかなお化粧をしていく様を観察していきたいと思います。
<コガモの羽の変化が楽しみです>
コサギの一行が目にとまります。小さなコサギと大きめのコサギです。一羽のコサギが、もう一羽を追い払うように追い立てます。子の親離れを促しているようで、何度も戻って来る一羽を根気よく追い立てていました。
古典芸能の舞は、こんな野鳥の舞う姿を摸したのかと思う様な見事な舞です。
<コサギの舞1>
<コサギの舞2>
<コサギの舞3>
第105号でご紹介しました「ワルナスビ」の青かった実も「黄色」に完熟しています。根が残れば、そこから再繁茂する「ワルナスビ」も果実のタネを鳥に運んでもらうようです。
<完熟ワルナスビ>
「マガモ」の純血種と思われるペアがいます。ミックスを見過ぎたせいか、青首と呼ばれる緑に光るオスの頭を見ると何だかホットする今日この頃です。もしかすると、渡りで渡ってきた「マガモ」かもしれません。
<ミックス無しの“マガモ”>
何気なくその上流を見ると、ブロックの間にプカーと浮かんできたのは、オオサンショウウオではないですか。以前、四条大橋下流でも同じ様な場面に遭遇しましたが、写真は撮れませんでした。何分かに一度呼吸に浮かんでくるタイミングとバッチリ合ったようです。
<息継ぎに浮かび上がった“オオサンショウウオ”>
渡り鳥がここにも居ました。「オナガガモ」が居ます。ただ一羽、けがをして渡りが出来なかった「オナガガモ」の姿が最近見えなかったので、そのオナガガモかと思いましたが、回りにメスの「オナガガモ」が数羽囲っていたので、違う様です。今年の一番乗りのオナガガモのようです。
<今季初お目見えの“オナガガモ”>
「マガモ」と「オナガガモ」が集っています。マガモもミックスでは無いようですので、渡りの仲間で集っているのでしょうか。渡ってきたばかりであれば、ゆっくり休んでください。鴨川はみなさんを歓迎していることでしょう。
<“マガモ”と“オナガガモ”>
「セグロセキレイ」が水浴びをしています。これまで、見たことが無かったので、じっくり観察させていただきました。結構大胆に水の中へ頭を突っ込んで全身に水を浴びています。羽繕いの仕草まで失礼してカメラに収めさせていただきました。
セグロセキレイは、どの季節でもよく見ることが出来る野鳥ですが、これまであまり取り上げていませんでした。今回はその色んな仕草を多めに掲載させていただきます。
<水に入ってスタンバイ“セグロセキレイ”>
<頭からダイナミックに水浴び>
<羽を伸ばして>
<水を払って>
<くちばしで羽繕い>
<もう一度繰り返し>
ミシシッピアカミミガメが甲羅干しをしています。ズームで撮っている時には気づきませんでしたが、手前に小さいのが顔を出しています。違う角度から見て気づきました。「見えている」けど「見ていない」をまた実感するのでありました。
<大きなカメにばかり目が行って“ミシシッピアカミミガメ”>
四条大橋の下流右岸では、台風18号の爪痕が残されています。敷き詰められていた土がえぐられた高水敷にも、土が入れられて平坦になりました。
<松原橋上流右岸 高水敷の復旧>
<松原橋上流右岸 被災直後>
みそそぎ川では、「シオカラトンボ」が尾を水面にピッピと浸けて卵を産み付けているようです。この卵からまたヤゴが生まれてくるのですね。
<水面に卵を産み付ける“シオカラトンボ”>
夏の風物詩「納涼床」もシーズンを終えて、床の撤去作業が進んでいます。応急復旧で芝の代わりに土が詰められた場所には、レジャーシートを使用してご家族連れがランチタイムを楽しんでおられます。
<クレーンを使って床が解体されていきます>
<土の上にレジャーシートでランチタイム 四条大橋上流右岸>
歌舞練場の上を眺めてみると、アオサギの姿が見えています。アオサギが乗っているのは、鳥居の上ではありませんか。歌舞練場の上にも神様が祀られているようです。
<先斗町歌舞練場 見上げると“アオサギ”>
<神の使者か・・・>
親子連れが、並んでハンバーガーを楽しんでいました。ハンバーガーか「危ないじゃ~」と思ったところで、ほぼ垂直に降下した「トビ」が一番幼い少女のハンバーガーを持ち去りました。ビックリした少女はお母さんに泣きついていました。みなさんくれぐれもトビにお気を付けください。
<トビに襲われたショックとハンバーガーを取られた悔しさで・・>
三条大橋上流から二条大橋までの少し広い場所では、マーチングバンドが本番前の総仕上げの練習のようです。パートに別れて最後の音合わせが鴨川に響きます。黒の衣装でバッチリ決めていざ出陣です。
<黒い集団発見>
<“さっそう”と金管パート>
<動きのある“カラーガード”>
<軽快に“パーカッション”>
<リズムの下支え“バスドラム”>
<優雅に“木管パート”>
いつも「カラス」にちょっかいを出されて逃げ回っている「トビ」ですが、この日は少し向き合って深刻な話でもしているかのようです。しきりにトビがカラスの意見を聞くような仕草です。(あくまでも個人的な感じ方です。)
<“トビ”と“カラス”>
(チョット“カラスさん”聞いておくれよ)
<うつむく“トビ”と向き合う“カラス”>
(最近悩んでるんだよ)
<すがる“トビ”と“後を向く”カラス“>
(「その悩みは僕には解決出来ないよ」とカラス)
<悩みは解決したのか“トビ”>
出雲路橋上流右岸にあるグラウンドでは、今日も「アルティメット」が繰りひろげられています。地面に散布した塩化カルシウムの効果が大きいのでしょうか、今日は砂ぼこりをあげずに済んでいます。力強い踏ん張りにも耐えています。
<アルティメット フリスビーを使った競技>
<ディスクのロングパス>
気温はとても高いですが、爽やかな秋の空気を感じます。最後に高野川から見える五山の送り火の一つ「法」の山へと登ってみました。一度訪れたことがありますが、その時は曇りだったので、遠くまでは見渡せませんでした。
<高野川から見る法の山>
紹介いただいた方からは、「晴れていると大阪まで見える」と聞かされていました。どれが大阪かは私にはわかりませんでしたが、とても見晴らしが良かったです。鴨川も平均して200mで1m登るという勾配です。
<法の山のてっぺんから>
<少し霞んでいますが京都タワー>
<高野橋>
(ここから見た「法」の山が上の写真)
すこしだけ登っただけで、こんなに京都市内を見渡せるのです。鴨川の資料で見ていた、「鴨川」いや「京都市内の市街地」の勾配を実体感することができました。
今回は、京都土木事務所Yの「秋の一人鴨川ツアー」にお付き合いいただきまして有難う御座いました。
平成25年10月8日 (京都土木事務所Y)
明治後期から昭和初期に鴨川を写真家により撮影された写真は、府立総合資料館に所蔵されています。そして、昭和10年の大水害時の写真は、京都土木事務所にもデジタルデータとして保存していますが、その後の様子を記録として整理されたものの存在は把握していませんでした。
事務所内の資料整理に際して、昭和50年頃の鴨川の様子を撮影した写真が出てましりました。昭和50年頃といえば、昭和10年の大水害から約40年が経過した頃の写真です。そして、その昭和50年から次の40年を目前にした今、「鴨川真発見記」を手掛ける私の前にこれらの写真が現れました。
当時はフィルムカメラの時代で、デジタルデータとしての保存はされていませんでした。今回、この色あせて“セピア色”に変色した写真を保存し、現在の写真と対比して資料として、このまた40年後へと引き継いで行こうと考えました。
10年位のスパンで見るとその変化も感じませんが、40年という歳月はあの時の鴨川はどんな感じであったかというのは、毎日見てきた方でも思い出すのに時間がかかる程の変化だと思います。
ましてや、当時の鴨川を知らない私にとっては、この写真が果たしてどこの写真なのかと建物や風景を頼りに辿ることしかできません。全体の整理はまだ途中ではありますが、今回そんな中でも比較的わかりやすい“七条近辺”から“丸太町近辺”までの写真を、現在と比較しながら紹介したいと思います。
※写真表題の「昭和」は昭和50年頃、「平成」は平成25年を示します。
まずは、七条大橋から上流を望む「正面橋」です。この辺りから丸太町までは、左岸側(東側)に京阪電車が地上を走っていたということが一番の違いですが、比較して感じること、それは、右岸(西側)に高層の建物が増えて、北山が見えなくなっている事と、京阪電車の地下化に伴う植栽により緑の壁が出来て家並みが見えなくなっていることでしょう。
<七条大橋から正面橋(上流方向)を望む 昭和>
<七条大橋から正面橋(上流方向)を望む 平成>
七条大橋上の下流側の歩道から撮影した写真です。当時の高欄はコンクリート柱の間を木製の簡素な柵で作られていました。また、橋の路面には当時廃止を目前にした路面電車の軌道が見てとれます。
現在では、木製だった部分は金属製で飾り細工を施したものに取り替えられ、太くしっかりした手すりが備えられています。今年(平成25年)、竣工から100周年を迎えるこの「七条大橋」では、長寿記念するイベントも企画されているそうです。
<七条大橋上 下流側歩道から 昭和>
<七条大橋上 下流側歩道から 平成>
左岸の端から上流を眺める写真を見ると鴨川のすぐ傍を電車が走っていたことがわかります。車窓から眺める鴨川はどんな風に映ったのでしょうか。現在では園路が整備されて利用される方も多いです。電車が走っていた頃の施設の名残でしょうか、煉瓦積みの立方体の構造物が残されています。
<七条大橋上 左岸上流方向 昭和>
<七条大橋上 左岸上流方向 平成>
下流側へと目を向けると、駅のホームの様です。鴨川に張りだしたホームを何本ものコンクリート柱が支えています。現在は、一本下流の塩小路橋まで高水敷が整備されています。今後塩小路橋より下流まで整備が進む予定となっています。
<七条大橋上 左岸下流方向 昭和>
<七条大橋上 左岸下流方向 平成>
当時の七条大橋の写真です。七条大橋は昭和10年の大水害の難を逃れ、当時から今まで同じ佇まいを見せてきました。少し汚れが目だっていますがしっかりモダンな姿を残しています。
<正面橋上 左岸下流の七条大橋を望む 昭和>
<正面橋上 左岸下流の七条大橋を望む 平成>
五条大橋東詰めの京阪電車の線路の東側に、疏水に架かる橋が見えます。疏水沿いに建物が並んでいるので、自動車が走る事が出来るような道路が無かったようです。今では、川端通りが片面2車線の大きな通りとして、当たり前の様に通っています。川端通りの以前の姿が一目瞭然となりました。
<五条大橋東詰め下流側 昭和>
<五条大橋東詰め下流側 平成>
五条大橋下流の余水はけ口です。当時のままに残る建物も両脇の背丈を超す建物に囲まれました。はけ口の上に生えている樹木も建物の背丈を超える程に成長しています。
<五条大橋下流左岸から右岸を望む 昭和>
<五条大橋下流左岸から右岸を望む 平成>
五条大橋上の右岸から上流を眺めると、堂々たる比叡山をバックに鴨川が広く流れています。みそそぎ川の周辺も草が無くスッキリしています。現在では、寄り州が発達し、そこに緑が繁茂しており、自然にできたビオトープといった感じです。上は、都市河川。下は、まるで都会のビオトープ。
<五条大橋上右岸から上流を望む 昭和>
<五条大橋上右岸から上流を望む 平成>
<五条大橋上流右岸“みそそぎ川”終点から上流を望む 昭和>
<五条大橋上流右岸“みそそぎ川”終点から上流を望む 平成>
<五条大橋上流右岸 みそそぎ川から上流を望む 昭和>
<五条大橋上流右岸 みそそぎ川から上流を望む 平成>
団栗橋の下流右岸から団栗橋を眺めます。高水敷としての充分なスペースはあるものの、前後の連続性が無いために通行に適した整備はされていませんでした。現在では、石張りの平坦な通路となって、自転車もスイスイと走れます。(現在、この区域は公園区域ではなく、河川区域です)
<団栗橋下流左岸から団栗橋(上流方向)を望む 昭和>
<団栗橋下流左岸から団栗橋(上流方向)を望む 平成>
<団栗橋下左岸から四条大橋(上流方向)を望む 昭和>
<団栗橋下左岸から四条大橋(上流方向)を望む 平成>
団栗橋の下流右岸から団栗橋を望みます。当時も現在と変わらず「南座」が見えていますが、その下にはホームを支えるコンクリート柱がズラリと並んでいます。
<団栗橋右岸下流から団栗橋(上流方向)を望む 昭和>
<団栗橋右岸下流から団栗橋(上流方向)を望む 平成>
四条大橋右岸下流へと進むと、その風景が目前に迫ります。菊水の建物も昔と変わりませんが、南座と菊水に挟まれた建物の窓は壁に覆われてしまったようです。
<四条大橋右岸下流から四条大橋(上流方向)を望む 昭和>
<四条大橋右岸下流から四条大橋(上流方向)を望む 平成>
真東を向くと、かつて疏水の放流口であった余水吐けが見えます。その奥に疏水が流れていたのでしょう。現在は、疏水も暗渠となり余水吐けも蓋をされています。
<四条大橋下流右岸から東を望む 昭和>
<四条大橋下流右岸から東を望む 平成>
四条大橋上の左岸から右岸下流を眺めると、今も変わらぬ納涼床の光景があります。老舗飲食店も健在です。
<四条大橋上左岸から右岸を望む 昭和>
<四条大橋上左岸から右岸下流を望む 昭和>
振り返って三条大橋を望むと、遠目には変わっていないように見えますが、当然右岸の高水敷と左岸の高水敷が変化を見せています。
<四条大橋から三条大橋(上流方向)を望む 昭和>
<四条大橋から三条大橋(上流方向)を望む 平成>
四条大橋右岸上流の納涼床や背景に見える建物も同じ位置に見えています。ただ、高水敷はコンクリートブロックの凸凹した部分が、フラット化して歩きやすい環境へと変わりました。
<四条大橋上流右岸から四条大橋(下流方向)を望む 昭和>
<四条大橋上流右岸から四条大橋(下流方向)を望む 平成>
四条大橋上流の左岸から右岸を眺めます。ここで気が付くのが、屋外広告の変化です。家電メーカーの派手な色遣いの大きなネオン棟がなりを潜め、比較的地味な色合いのビルへと変わっています。景観配慮という政策の現れでしょうか。
<四条大橋上流左岸から右岸下流を望む 昭和>
<四条大橋上流左岸から右岸下流を望む 平成>
そして鴨川の様子はというと、当時の写真には鴨川の中に入って遊ぶ子ども達が映っていますが、現在ではこの区間で川に入って遊ぶ子ども達は少ないです。高水敷には人影が見られませんが、現在はそこに寝転ぶ人の姿がみられ、再整備の効果が表れています。
<四条大橋上流左岸から右岸を望む 昭和>
<四条大橋上流左岸から右岸を望む 平成>
同じく四条大橋上流左岸から上流の三条大橋を眺めます。花の回廊と称して整備された通路の上には様々な樹木が植樹され、季節に応じて色とりどりに鴨川を染めていきます。
<四条大橋上流左岸から三条大橋(上流方向)を望む 昭和>
<四条大橋上流左岸から三条大橋(上流方向)を望む 平成>
<四条大橋左岸上流から北方向 昭和>
<四条大橋左岸上流から北方向 平成>
三条大橋へとやって来ました。何かの工事が進められていた様子が見て取れます。手前に止められたワゴンカーが時代を感じさせます。
<三条大橋上から右岸下流方向 昭和>
<三条大橋上から右岸下流方向 平成>
御池大橋上の右岸から下流を見渡すと、広い高水敷が殺風景に広がっています。現在は、三条、四条間同様に再整備が施されています。
<御池大橋の上 右岸下流方向 昭和>
<御池大橋の上 右岸下流方向 平成>
御池大橋から右岸上流を望みます。ここまで来ると、京阪電車は三条までなので鴨川スレスレの線路は消えます。変わって堤防天端は、土道の遊歩道として整備されています。そして、高水敷には狭いながらも通路が整備され、小さなベンチが配置されています。
現在では天端の遊歩道は、川端通りにその役割を譲り、高水敷に安心して通行できる通路が整備されました。そして、しだれ柳などの樹木が植樹されています。
<三条大橋の上 右岸から上流を望む 昭和>
<三条大橋の上 右岸から上流を望む 平成>
御池大橋上流右岸の様子です。こちらも広々とした高水敷に凸凹としたブロックが施されています。今では取り壊されたホテルの姿も見えています。
現在では、通路部分に石版が敷かれ、その両脇には芝生が緑を添えて人々の憩いの場となっています。ホテルフジタの跡地には、外資系のホテルの建設が進んでいます。
<御池大橋右岸上流を望む 昭和>
<御池大橋右岸上流を望む 平成>
二条大橋から上流へ右岸を進み、右岸に見えるのは疏水の合流口です。当時は高水敷が連続していませんでした。その後、園路の整備にあわせて象徴的な冷泉橋が架けられました。鴨川にある橋の内、数少ない京都府管理の橋です。
<二条大橋・丸太町橋間右岸から左岸を臨む 昭和>
<二条大橋・丸太町橋間右岸から左岸を臨む 平成>
逆に冷泉橋の方から右岸を見ると、みそそぎ川が暗渠から開渠へと変わる部分が見えます。当時はここもストレートに繋がることは無く、一度最西端の通路を通って階段まで進み、みそそぎ川に架けられた小さな橋を渡るという導線でした。現在では、スロープによってスムーズに通過することができます。
<二条大橋・丸太町橋間左岸から右岸を臨む 昭和>
<二条大橋・丸太町橋間左岸から右岸を臨む 平成>
荒神橋から見た丸太町橋です。丸太町橋は平成3年に現在の橋に架け替えられていますので、この橋は旧丸太町橋ということになります。右岸、左岸共に自然に任せた植生の様に見えます。現在では、沢山の樹木も植樹され、家族連れや学生などの声が絶えません。
<荒神橋上中央から下流方向 旧丸太町橋を望む 昭和>
<荒神橋上中央から下流方向 新丸太町橋を望む 平成>
丸太町橋下流の左岸の様子です。旧丸太町橋の時期には高かった高水敷も、新丸太町橋への架け替えと併せて園路の連続性確保の為に深く切り下げられました。
<旧丸太町橋左岸下流の様子 昭和>
<新丸太町橋左岸下流の様子 平成>
みそそぎ川の取水口の写真も残されていました。その形状は当然今も変わりませんが、高水敷の広場は本格的なグラウンドとして使用されていたようです。
<”みそそぎ川”取水口 昭和>
<”みそそぎ川”取水口 平成>
こうして、昭和50年から残された写真と現在の様子を比較出来る様に、他にも数多く残された写真を整理し、次の40年に残す作業を続けながら、折に触れて皆様にご紹介したいと思います。
当時を知る方には“懐かしく”、現在の様子しか知らない方には“真発見”という世界をお楽しみ下さい。
平成25年10月7日 (京都土木事務所Y)
10月13日(日)鴨川探検再発見の秋版が開催されました。今回は秋ということで、涼しい風が吹きぬけると思いきや、真夏日が続く異例の10月のお天気模様です。日陰はさわやかな空気となっていますが、日向では汗が噴出す陽気です。
子供たちの「ワクワク」が感じられる中、注意事項を説明していよいよ鴨川へと出掛けます。
<鴨川探検再発見第33弾を開催します>
<早く虫を捕まえたいな>
<鴨川の自然を教えてくれる「NPO法人自然観察会」の指導員のみなさん>
<いざ、鴨川へ>
当日は好天に恵まれて、秋晴れの鴨川を進みます。早くも「コガモ」がスコープに捉えられました。まだ渡ってきたばかりの「コガモ」を観察です。
<順番にスコープを覗いてみよう>
そして、「マガモ」に混ざって一羽だけ違った「カモ」が泳いでいます。昨年の冬から鴨川に居残っていた「ヨシガモ」のオスかもしれません。北山から北大路の間で今年9月にも見かけました。
台風18号以降は見かけませんでしたが、どこかに避難していて戻って来たのかもしれません。この時期に「ヨシガモ?」と指導員の方も「珍しい」と言っておられました。少し冬羽に変わってきたようです。ちなみに夏羽の姿を「エクリプス」というそうです。
<10月13日 当日のヨシガモ>
<9月15日の台風前 9月10日のヨシガモ>
今回は、鴨川の水の中に入っての「生き物」観察はありませんでしたが、大きな鯉が悠然と泳いでいる姿を見ることができました。参加してくれた児童が「この間大きな鯉を釣り上げたよ」と教えてくれました。
<悠然と泳ぐ“鯉”>
開始直後は「“バッタ”がいない」と網で草むらを「がさごそ」と探っていましたが、少し歩くと“バッタ”“蝶”と網に入っていきます。春の探検時には1cmにも満たなかった“ショウリョウバッタ”も10cm近くに大きく育っています。指導員さんから、「春から5回脱皮して大きくなったよ」と教えてもらいました。
<“蝶”を捕まえたよ>
<茶色と緑の2種類の“ショウリョウバッタ”>
<ルーペを使って小さな“蜘蛛”を観察>
<秋の太陽の下清々しい気分で>
“虫”や“草”を見つけては、指導員の方に名前や特徴を教えてもらいます。指導員の方も熱心に児童達の質問に耳を傾けていただきました。
<こうして遊ぶと面白いよ>
寄り州に残った花には、“ツマグロチョウモン”という蝶が蜜を吸いにきています。ヒラヒラと飛び回りながら花を渡り歩いているようです。
<ツマグロチョウモン>
上空では、トビが舞っています。「天高く馬肥ゆる秋」を感じる1日となりました。
<気持ち良さそうに青空を舞う“トビ”>
“バッタ”好きの親子が沢山の種類の“バッタ”を捕獲されていました。聞くと庭に“コオロギ”のオスが居るのでメスを探しに来たとのこと。「なかなか見つからなくて」と話していると、京都土木事務所の生き物博士H君が、「コオロギのメスを見つけたよ」と“ムシカゴ”に入れてくれました。来年には、「庭中コオロギ?」と笑っておられました。
<沢山の“バッタ”に混ざって“トノサマガエル”も>
<コオロギのメス 手前>
松の木の下で上を見上げる参加者がおられました。何かと見てみると、枝に留まった“アオサギ”が松葉の間から顔を覗かせています。よ~く見ないと見落としますが、「下から何番目の枝のところ」などと教えてもらって確認です。
<どこに“アオサギ”?>
<ここに“アオサギ”>
虫や野鳥、植物に夢中になっているうちにあっという間に時間が過ぎて今日のまとめの時間となりました。NPOの指導員の皆さんから、それぞれの専門分野の自然観察の説明が行われました。
参加者が捕まえたり、拾ったり、採取したりした自然の中の秋を示しながら、丁寧に解説していただきました。日頃は名前も意識しない自然の中の生き物達を理解する機会は、現代の子ども達には良い刺激となったことと思います。
鴨川探検!再発見!は年間4回実施しています。「鴨川真発見記」を御覧の皆様も是非次回は御参加頂きたいと思います。
<タネが全て落ちた後の“松ぼっくり”>
<沢山“ドングリ”が拾えたね>
<みんな何を採取してくれたかな>
と、午前中に実施した「鴨川探検!再発見!第33弾」も、無事終了しましたが、抜ける様な青空に誘われて、帰宅途中に下流へ向けて寄り道です。ゆっくりと鴨川を進んでいくと、長い首が伸びています。“スッポン”の甲羅干しです。しばらくすると、その長い首を引っ込めました。
<首を精一杯伸ばす“スッポン”>
<首を体内に収納した“スッポン”>
スッポンと言えば、先日高野川での早朝散歩の途中、川底を散歩する“スッポン”を見かけました。川底の色と同化しているので分かり辛いのですが、動くと水面が動いてその存在に気付きます。川底を這うように進むスッポンは初発見でしたのでご紹介しておきます。
<ゆらゆらと水面が動きます>
<首を伸ばした状態で進みます スッポン>
スッポンだけでなく、秋の1日を満喫しようと鴨川へお出かけの方は多いようです。“寄州”“中州”では石を投げて遊ぶ親子連れが目に留まります。鴨川探検の注意事項でも、「川遊びをする時は保護者の方と行って下さいね」とお伝えしています。保護者の方の目の届く所で安全に川遊びを楽しんでください。
<葵橋上流>
<出町1>
<出町2>
<荒神橋上流>
<二条大橋上流>
<ブロックの上で濡れた羽を乾かす“カワウ”>
<三条大橋下流>
鴨川は、どの季節にも魅力を溢れさせていますが、のどかに過ごす秋の鴨川は格別の季節のようです。
平成25年10月16日 (京都土木事務所Y)
「鴨川真発見記」では、これまでに「夜が明けて朝焼け」というシーンはご紹介した事もありますが、夜明け前の様子まではご紹介していません。
今回は、真っ暗から少しずつ白んで来る様子も含めて、早朝の鴨川の様子をお届けします。何度かに分けて撮影した、初秋の早朝写真を織り交ぜてのご紹介です。
初秋の早朝5時の鴨川は、まだ真っ暗です。それでも“走る人”“歩く人”とすれ違います。近くまで来てはじめて気づきます。それでも「おはようございます」と朝のあいさつが交わされます。
比叡山を仰ぎ見ると、稜線の周りが白んでその形が真っ暗な空に浮かび上がってきました。見慣れた比叡山もべた塗りするとこんな感じです。
<浮かび上がる東山の山並み>
(平成25年10月10日 AM 5時15分撮影)
次第に空の白い光が広がって、すれ違う人の顔も“ぼんやり”と見えるようになってきました。笑顔で「おはようございます」と挨拶です。年齢層は幅広く、高校生ぐらいの若者から、ご高齢の方まで気持ち良くあいさつします。
<広がる光の範囲>
(平成25年10月10日 AM 5時17分撮影)
<青空を確認>
(平成25年10月10日 AM 5時30分撮影)
<すれ違う人の顔も“ぼんやり”と>
鴨川の水面にも弱い光が届き、影を映し出していきます。影の中に佇む「カモ」にも弱い光でシルエットが浮かびますが、「何ガモ?」なのか判別出来ません。
<「カモ」のシルエット>
水面にも少し強めの白い光が届いてきました。小さな中州に佇む“アオサギ”のシルエットが、影絵のようにクッキリと映ります。薄暗いグレーの空間に佇む“アオサギ”ですが、本体はその存在に気づかない位に背景に溶け込みながら、その存在を示す影はその形を誇示しているようです。
<“アオサギ”のシルエット>
まだ少しモノクロの世界が残っていますが、そろそろ夜明けの時が来るようです。街灯の灯りもその強さを失いはじめています。
<空全体が白くなり>
(平成25年10月10日 AM 5時43分撮影)
何雲というのでしょうか。空に浮かんだまばらな“雲”に朝日が反射してほんのり紅く染めて行きます。その紅い雲が、鴨川の水面も紅に染めます。いよいよカラーの世界の幕開けです。
<川面が写し取った空の色>
(平成25年10月10日 AM 5時56分撮影)
白い光が広がって始まる朝ばかりではありません。朝焼けの紅い色で始まる朝もあります。太陽の光が紅く東山の稜線を縁取ります。薄く見えてくる青空の色と三色の色から始まります。
<稜線を紅く縁取り>
(平成25年10月14日 AM 5時38分撮影)
<水面もほんのり紅色に>
(平成25年10月14日 AM 5時43分撮影)
薄明かりの中に白く浮き上がっているのは、鴨川真発見記第105号でご紹介しました「ユッカ」です。やはり白は暗いところでも目立ちます。春と秋に花を咲かせる植物も数多いようですが、この「ユッカ」も5月に咲いて、今年2回目の花です。
<白い灯りの様に“ユッカ”の花>
「ユッカ」のバックにある照明の下に“ぼんやり”見えるでしょうか。早朝の夜明け前からランニングをしている若者達です。ちょうどこの荒神橋から丸太町橋下流にはいくつかの照明が設置されており、橋の道路照明とも併せて夜でも比較的灯りのある区間です。
高水敷も明るくなってきました。歩いている人、走っている人の姿や建物の色もわかるようになってきました。続々とランナーが姿を現しました。
<明るくなった高水敷>
<ランナー達>
<続々とランナー達>
どこかの大学のクラブでしょうか、色とりどりのウエアに身を包んだ若者が一生懸命走ってはクールダウンを繰り返していました。スポーツの秋を感じる光景です。
<走って、走って>
<クールダウン>
秋を迎えて、カモの数も少しずつ増えてきました。シルエットでは「何ガモ」か判らなかった「カモ」もカラーの世界では、その特徴を見せてくれます。カモの見分けも昨年に比べて上達してきました。全く区別出来なかったメスのカモの種類も大体わかります。カルガモはオスメスの区別がつきませんが・・・。
<カルガモ、マガモ>
<カルガモ>
真っ黒なシルエットを見せてくれた“ダイサギ”も朝日を浴びてハッキリ判ります。
ちなみに“ツル”ではありません。
<クロサギからアオサギへ>
そんな中に今季初お目見えの「ヒドリガモ」が混ざっています。ようこそ鴨川へ。先月の台風による増水で中州、寄州の草が無くなりましたので高水敷の草を食べています。
<ヒドリガモ 右:メス 左:オス>
<中央に“オナガガモ”のメス>
街中の荒神橋近くにもサワガニがいました。ジッと動かないので、指でツンツンとつついてみると、両方のはさみをボクシングのガードように上げて、ファイティングポーズです。朝から戦闘態勢にさせてしまって申し訳ありません。
<サワガニ>
<サワガニ ファイティングポーズ>
色づき始めた北山にも朝日が当たり、カラー映像が広がります。「おはようございます」の挨拶を交わしながらゆっくりと鴨川を楽しむのは、「鴨川真発見記」の原点です。みなさんも一度夜明けの鴨川を体験してみてはいかがでしょうか。
そして、また夕刻が来ると鴨川はモノクロの世界へと時を刻みます。先月の台風18号の影響でなぎ倒された草は斜めに傾いたままで枯れています。その回りには緑の新しい草の葉が顔を出しています。
<秋に新緑>
暮れゆく空間で、他の野鳥達が色を失っていくなか、モノクロゆえに目立つ野鳥がいます。“コサギ”です。その真っ白な個体が一箇所に集まっています。“コサギ”は夜になると木の上の塒(ねぐら)やコロニーに帰っていくと聞いていますが、ここに集合して集団帰宅なのでしょうか。
翌朝、同じ所へ行くと、同じように集合していました。どうやらここが鴨川とコロニーを結ぶ駅の役割をしているようです。
<暮れゆく鴨川>
<夕刻“コサギ”が集合>
<早朝“コサギ”が集合>
<集合場所は“葵橋”上流>
夜に灯りが少ない時代は、屋外では夜の世界はモノクロだったのでしょう。人の目に映る世界は今も昔もカラーですが、写真や動画はモノクロだった時代もあります。その頃の写真を見て、これはどんな色だろうと想像してみるのもおもしろそうです。
平成25年10月22日 (京都土木事務所Y)
先日、同僚と最近「カマキリ」を見かけ無いと話していました。そう言えば、先日開催されました「鴨川探検!再発見!第33弾」の虫取りの際にもいませんでした。
そんな折、仕事終わりの事務所の敷地内で何か動くものが。もう日も落ちて真っ暗でしたが、かすかに緑色が見えました。これは、と写真を撮りました。
これが、薄茶色のカマキリなら気が付かなかったことでしょう。久しぶりのカマキリとの対面でした。
<動く緑のものが>
<おっ“カマキリ”>
<“カマキリ”なんだから“カマ”を写さなきゃ>
「オレンジ色」「紫色」と目立つ果実を実らせて、樹木は野鳥を呼び寄せているようです。鴨川にも色んな木の実がいろづいています。
鴨川に植樹されている樹木には、自然に生えたものもありますが、その名を書いた「名札」を付けた樹木もあります。そんな名札付きの樹木の一つに「コムラサキシキブ」があります。
樹木に疎い私です。名前から連想するに「ムラサキ」の何かがあるのだろう位の連想はしていました。夏の初めに小さな花を咲かせていましたが、ほんのりムラサキがかった花でした。
<コムラサキシキブの小さな花>
(平成25年7月20日撮影)
(同上)
<コムラサキシキブの名札>
そして季節は秋へと移り変わり、果実が実りました。その名のとおり小さなムラサキ色の小さな実を“ブドウ”の房のように実らせています。なるほどと納得すると同時に、雅な姿に「京」にぴったりの樹木だと思ってしまいました。
<コムラサキシキブの果実>
(平成25年10月14日撮影)
同じく名札の付いた樹木「センダン」も青い果実を付けています。春には豊かな芳香を振りまいていた「センダン」も子孫繁栄の実をぶら下げて、野鳥にその種が運ばれるのを待っているようです。
この実も熟すると白っぽく色を変え、小さな梅干しの様な姿になるそうです。
<サクランボの様にぶら下がる「センダン」の実>
(平成25年10月14日撮影)
「ニセアカシア」と呼ばれる「ハリエンジュ」もサヤ付きの豆の様な実を付けています。その花は長野県民が好んで“天ぷら”にして食する事があるテレビ番組で紹介されていました。さや豆は食さないのでしょうか。
<春に咲いた「ハリエンジュ」の花>
(平成25年5月14日撮影)
(同上)
<ハリエンジュの実>
(平成25年10月10日撮影)
鴨川真発見記第101号「鴨川真発見記はノンジャンル」の中でご紹介しました木の実も熟して変化しています。「この実は何の実でしょう」と質問されて「エゴの木の実ではないでしょうか」とお答えした木の実です。
この木は自然に生えた木なので名札はありませんが、再度「エゴノキの実」でネット検索してみると、熟した様子も出てきましたので、「エゴノキ」で間違いなさそうです。
種を覆っていた果肉は、干し柿の様に白く収縮し、中から「ドングリ」のような種子が現れています。小鳥の好物とは聞いていましたが、この種子を食べるのでしょうね。今が食べ時?「いつ食べるの」「今でしょう」。
<夏に実ったばかりの「エゴノキ」の実>
(平成25年7月24日質問者撮影)
<小さくしぼんだ「エゴノキ」の実>
(平成25年10月14日撮影)
<果肉の中から現れた「エゴノキ」の実の茶色い種子>
(同上)
お馴染みのオレンジ色の実を付けているのは、「柿」です。品種は何かわかりませんし、夏の間に見ていても「柿の木」だとは気づきませんでした。小ぶりの実を沢山実らせています。郷里の綾部の山の中で、実った柿をもぎ取って少しかじって口の中に広がった渋の味を思い出します。
こちらの柿の木も河川管理者である当所が意図的に植えたものではないようです。野鳥が種を運んで来たのでしょうか。
この柿は、渋いのかどうか判りませんが、熟せば野鳥のエサになるのでしょうか。
<鴨川で自然生えしたと思われる「柿の木」>
<まだ青い実もあるようです>
(平成25年9月27日撮影)
野鳥達が木の実を食べている様子に出会ったことはありませんが、川の中で「サギ」が魚などを食べている様子は幾度となく出会ってきました。川の中を覗くと大きめの小魚が見えます。
<小魚たちも大きく育っています>
ダイサギが少し大きめの小魚を見事にゲットして、横向きにくわえた獲物を器用に縦に向きを変えて頭から飲み込みます。そしてまた何事も無かったように次の獲物を探します。
<魚をくわえる「ダイサギ」>
<そしてまた次の獲物探し>
先ほど、「サギ」が“魚など”を食べるところと“など”を付けたのには少々訳があります。いつものように魚を食べているものと思いながら撮影した写真を後から拡大してみて、これは魚じゃ無いんじゃないかという獲物を捕まえていました。
何度も水中に落としながら、飲み込みにくい獲物のようでした。ウナギか何か飲み込み辛い獲物だろうとは思っていましたが、どうやら足があるようです。
その形から推測するに、「オオサンショウウオ」の幼生では無いかと思います。2年半近く頻繁に鴨川高野川を見て回っていますが、この光景はさすがに衝撃的でした。
<苦戦する“アオサギ”>
<拡大すると>
<もう一度くわえ直し>
<この形は「もしかしてだけど~」“オオサンショウウオ”?>
<最後は胃袋に収まりました>
冬鳥として渡ってきた「カモ」達にとっては、この冬はエサが豊富にある鴨川とは言えない状況にあるようです。9月に上陸した台風18号による増水により、“中州”“寄州”の草が壊滅的に流されてしまい、カモが好んで食する草が少なくなってしまっています。
「カモ」達は、高水敷に上がって来てそこに生えた草を食べています。その様子はいつもの年より多く見かける事となりました。高水敷を歩いている人も見慣れない様子に少々驚かれています。
<高水敷の草を食べる「マガモ」「カルガモ」「ヒドリガモ」>
この様子を御覧になった「日本野鳥の会京都支部」から、「鴨川の高水敷の除草範囲を少し縮小して、“カモ”の食べる草を残して欲しい」との申し入れがありました。
せっかく鴨川を選んで飛来した“カモ達”の為に、川の中の状況を配慮して、今年度に限り申し入れをお受けすることとしました。
現在の鴨川の高水敷では、川から約1メートルの部分を“カモ達”のエサ確保ということで残して除草しています。その事をお知らせする看板も設置して皆様にご理解を頂いておりますので、この場でも情報提供させて頂きます。
<賀茂大橋下流から二条大橋間に設置>
<御理解、御協力のほどよろしくお願いします>
そんな渡りのカモもその数を増やしてきました。渡って来たばかりなのでしょうか、「オナガガモ」が盛んに羽繕いをしています。
尾羽をピンと空に向け、水の中に頭を沈めてエサを食べているシーンばかり印象深く、激しく羽繕いするのは印象に無かったので、少し観察して写真を撮ってみました。
<真ん中が「オナガガモ」>
<伸び上がって羽ばたいて>
<羽を揃えて>
<ストレッチの様に>
<脚で頭を搔いて>
<またストレッチの様に>
<そしてまた伸び上がって羽ばたく 繰り返し>
鴨川に定住している“スズメ”達も高水敷の草の中から何かをつついています。
スズメを見かけ無くなったという声を耳にしますが、鴨川は鳥獣保護区ということもあってか“スズメ”の群れを“あちらこちら”で目にすることができます。
<エサを拾う「スズメ」>
<グッと沈み込んで高水敷から飛び立つ瞬間の「スズメ」>
もう少し季節が進んで、冬の気配が漂う11月になると、鴨川冬の風物詩と言われる“ユリカモメ”も仲間入りして一気に賑やかになり「冬の鴨川」の魅力がまた皆様の目を楽しませてくれるでしょう。
でも、野鳥へのエサやりは、野鳥の野生を奪ったり、増殖しすぎての“ふん害”などを引き起こすことに繋がります。鳥獣保護区ではありますが、保護することはエサを与えるという意味ではありませんので、くれぐれも「エサやり」は自粛していただきますようお願いいたします。
平成25年10月21日 (日本野鳥の会京都支部と京都土木事務所Y)
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