ここから本文です。
駒ヶ根訓練所で2ヶ月の語学訓練を経て2018年1月29日にパナマに到着しました。任国到着後パナマの大学で3週間の語学教育を受けた後、任地であるボカスデルトロ県は首都からバスで13時間ととても離れた田舎町でコスタリカとの国境に位置しており、カリブ海に面した綺麗な海に小さな島々は、欧米からの旅行者で賑わっています。
パナマで約9ヶ月が経過し現在ようやく生活やボランティア活動、言語などひと段落ついた状況で、自分が活動するにあたってのエンジンが暖まった感じです。生活は全く問題なく住みよい国、地域です。パナマは中南米の中でも治安が特によいので安心して暮らせています。
食事は主食が米で鶏肉料理が多いのと、4種類ほどあるバナナのうち甘くないバナナ(プラタノ)を平たく潰して揚げた料理が一般的なパナマ料理です。
地域によって異なりますが亀やイグアナを食べる地域もあります。
私のボランティア要請内容(任務)は、学校の生徒、教師に防災教育を実施する事です。この街で教育局環境政策課に所属し現在各学校を巡回し、自然災害や防災を伝える活動しています。
同県は、降水量が非常に多いため洪水や土砂災害があり時々地震も起こります。日本は災害大国であり対策の先進国でもある日本から私が来たため、現地の人たちは活動を期待されています。しかし、スペイン語の問題は別としても、活動を始めるまでには非常に難しい難題が無数にありました。
民族間の考え方の違いはもちろん、建物の素材、構造、土壌、気候、ライフライン、公的機関の体制、交通状況など様々な違いがあります。また災害時のプロトコールも全く異なります。例えば学校で揺れを感じたら机の下に入り頭を守りますが、パナマでは机の横で横向けに蹲って手で頭部と腹部を守ります(写真2参照)これは机の強度がないとの理由です。また避難後は円になって気持ちを落ち着かせるために皆で歌を歌います。(写真1参照)このように様々な違いの中で良い活動ができるよう、日本のやり方ではなく任国のプロトコールで不足している箇所、改善する必要がある個所などを自分の知識技術経験を活かし現地人と話し合い、活動しています。
妻と2人の子供を日本に残し、寂しさからあと1年以上がとても長く感じますが自分が選んだ道なので使命感をもって最後まで全力でパナマの人たちと活動していく所存です。
(参照写真1 避難後の歌)
(参照写真2 地震時の防御行為)
(村の小学校で災害についてのお話)
(市内の中高等学校にて防災訓練、セミナー)
(先住民自治区の小学校にて)
お問い合わせ