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産学公連携、産業振興の一環として、京の研究者・専門家の皆さんを紹介するページです。
(掲載日:令和2年11月10日、ものづくり振興課 足利)
京都大学大学院理学研究科 化学専攻 准教授の齊藤尚平さんにお話をおうかがいしました。
--先日開催されましたサムコ科学技術振興財団の贈呈式でもお話をお聞きしましたが、改めてどんな研究をなさっているか教えてください。
齊藤)剛直な2つの翼を柔軟な関節でつなぎ合わせた「羽ばたく分子『FLAP』」を独自に創り、その羽ばたき運動を利用して、光で剥がせる接着剤「ライトメルト接着材」の研究をしています。
-- UV硬化樹脂など光で硬化させる話は聞きますが、光で剥がせる接着剤、ですか・・・?
齊藤)まず背景としまして、近年、ボルトやナットを用いた従来の固定技術に代わって、軽量な有機接着剤が活躍の場を広げています。接着の仕組みというのは、ご承知のとおり、はじめは流体で固定時に硬化するということであり、硬化の引き金は、熱・光・水分など様々あります。そして、瞬間硬化、耐候性、通気性、剥離性、異種材料の接着など様々な機能が求められる、逆に言えば、様々な機能を付与できるわけです。例えば、仮固定用の、熱で剥がせる「ホットメルト接着剤」などがそうですね。自動車、航空機、IT、半導体、ディスプレイ、衛生材料、ジェルネイルなど各方面で、こうした新しい機能接着技術への期待が高まっています。
--なるほど。
齊藤)さきほどのホットメルト接着剤は、さまざまな製造工程で部材を加工する際の仮固定に用いられているのですが、一方で、当然ながら、高温では接着力を失ってしまうため使用シーンに制約があるわけです。しかし、今回のライトメルト接着材料は、100 ℃の高温でも1 MPa以上の接着力を保持しつつ、数秒のUV照射(光量320 mJ cm–2)で剥がれるという性能をもちます。
--おお!すごいですね!どういう仕組みですか?予習したのですが難し過ぎてよくわかりませんでしたので、相当簡単にお願いします(笑)
齊藤)わかりました(笑)。簡単なポイントだけ申しますと、まず、高温でも接着力を保持するのは、積み重なったV字型の分子骨格が強く相互作用して高い凝集力を実現しているからです。「液晶は柔らかいので接着には使えない」という従来の常識を打ち破るものです。
--液晶。液体の流動性と、結晶の規則性を併せ持つ分子ですね。
齊藤)そうです。そして、UV照射で剥がれるのは、光二量化と言いまして、光照射によって活性化された一部の分子が隣の分子と結合することで、V字型でなくなります。それが不純物として働くことで、未反応で規則配列しているV字型分子の秩序構造を壊します。分子配列がバラバラになり全体が液化しますので、剥がれるというわけです。ここでは、V字の腕の部分は、光反応性を持つアントラセンを使っています。
--光反応性。特定の波長の光を吸収することで励起状態に変わって化学反応する性質ですね。
齊藤)そうです。しかも、光が照射された部分、つまり、界面で剥離できるので、剥離後がきれいです。
--いいですね!
齊藤)現在、FLAPの「羽ばたき」という、光反応駆動型とは違うメカニズムにより、再接着の際に高温にする必要すらないような、新しいタイプのライトメルト材料の開発も進めています。
--その羽ばたきで、周囲の液晶に影響を及ぼすということですかね。
齊藤)はい、そういうメカニズムが働いているのではと期待しており、いま詳細を調べているところです。
--なぜ、「羽ばたき」を着想されたのですか?
齊藤)液晶、有機FET、有機太陽電池、蛍光プロープ、芳香族高分子、染料・顔料など様々な機能分子としてよく用いられているπ共役分子に着目したのです。π共役分子には、このように多種多様な用途がありますが、それらの用途に使われる理由を突き詰めて考えると、「鍵」はその剛直性にあるのではないかと考えました。そして、敢えてその逆、つまりπ共役分子に柔軟性をもたせる分子設計に着目しまして、剛直性と柔軟性のハイブリッドを志向したのです。
--なんかすごい発想だということは分かるのですが、そもそもπ共役分子って何ですか?
齊藤)高校化学でエチレン(H2C=CH2)の中央にある二重結合を習ったかと思いますが、あれは1本のσ(シグマ)結合と1本のπ(パイ)結合でできています。π結合が連なった構造をもつのがπ共役分子です。σ(シグマ)結合が分子骨格を形作る強固な結合であるのに対し、π(パイ)結合は電子の移動や出し入れなど、分子の物性や機能を司ります。金属を含まない有機分子で何らかの機能を創出するには、π共役構造をいかにデザインするかが重要になってきます。
--そうなのですね。しかし、すごい発想力でらっしゃいますね。
齊藤)実はうちの理学部では「分子」は学んでも「高分子」の講義がないのですよ。しかし三大材料と言えば、「セラミック」「金属」の無機材料と、「高分子」の有機材料です。数千以上の原子が連なる高分子は、服、紙、プラスチック、世の中の多くの工業製品で扱われており、理学部で分子しか学ばずに素材関係の化学メーカーに就職すると最初は大変かもしれません。そんな中で、分子も、液晶も、高分子も、と研究をしています。
--そうなんですね。
齊藤)物理やバイオの専門家とも分野融合研究を進めていますが、「化学って、分子を作れる」と、うらやましがられますよ。自分たちで必要な物質を作れるという創造性があります。合成ができる化学者はみんな、新しいモノを作って既存の科学技術を刷新したい、ちゃぶ台返し、ゲームチェンジングにつながるような、そんな研究をしたいと思っているはずです。
--そんなすごい「化学」の応用分野は、どういった分野と言えましょうか。
齊藤)そうですね。主な出口は3つだと考えております。1つは材料・マテリアル、もうひとつは健康・医療(バイオ・ライフサイエンス)、そして3つめはエネルギーです。ただ、これから新時代を迎える中で、これら3つから良い意味で逸脱した方向性が見えてくると、とても面白いだろうなと思っています。
--もう1つお聞きしたかったのが、冒頭の贈呈式の場でも「私が見ても、おっと思う優秀な学生も・・・」というお話をされていましたが、先生から見てどういう方が優秀なのでしょうか?
齊藤)個人的な意見なので聞き流していただいて結構なのですが、年齢や職種に限らず、「超一流」になるためには3つの力が必要だと考えています。まず、「行動力」があることです。まずはやってみる、人と交流する、ということが大事です。
--これは私も少しは自信があります(笑)。
齊藤)2つ目が「洞察力」です。徹底的に調べて、深く考えることです。
--ああ、私の大きな課題、テーマです(笑)。
齊藤)研究の場合、1つ1つの実験結果をどう捉えるか、これって、結構人によるんですよね。
--役所でもそうかもしれません。目の前で起こっていること、世の中で起こっていることから、何をどのように課題としてピックアップするかということが、結構キモです。
齊藤)今はインターネットでとことん調べられますし、「教えられていない」という言い訳は通じないのですが、徹底的に調べた上で、自分の脳みそで徹底的に掘り下げて考えるということです。
--なるほど。
齊藤)ここまで身についていれば、おそらく「一流」にはなれるのではないでしょうか。ただ、私から見て、あの人は「超一流」だなぁと思う方は、3つ目として「発想力」をお持ちです。周りから見てびっくりするようなことを実践する人というのは、実は、天性の閃きというより、「何が常識で、何が非常識かの境界線」がよく見えている気がします。つまり、どこまでが現時点で人類が手にしている知識(教科書)で、どこからが未知の領域なのかを分かっていて、その境界の先にある「非常識」に意識的に取り組んでらっしゃる方が超一流だと思います。
うーん、人類の教科書が分かってらっしゃるという時点で、相当勉強しているということですよね。やっぱり努力かあ(笑)
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