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産学公連携、産業振興の一環として、京の研究者・専門家の皆さんを紹介するページです。
(掲載日:令和3年8月12日、ものづくり振興課 足利)
京都大学大学院工学研究科助教・博士(農学)の長尾耕治郎さんにお話をおうかがいしました。
--昆虫の細胞の柔らかさの研究を拝見し、お話をおうかがいしたく参りました。
長尾)この研究は、工学研究科博士課程学生であった塩見晃史さん(現・理化学研究所特別研究員)や梅田眞郷名誉教授らと共に取り組んだものですが、研究室に残っている私が代表してお答えさせていただきます。まず、これは約4 nmの厚さしかない細胞膜の話です。仮に細胞の直径が10 µmだとしましょう。それを直径10 mに拡大したとしたら、4 nmというのは4 mmです。こんなにも薄い膜が細胞の制御に大きな役割を果たしているのです。
--ナノということは、分子レベルですね。
長尾)そうです。分子量600~900くらいの脂質分子が2列にずっと並んでいるのです。絵で言うと、丸い粒とそこから伸びる細長い足で1つの脂質分子です。足同士が向かい合って、逆向きに並んでいますね。丸い部分は親水性の高い部分です。足の部分は疎水性の高い部分です。だから、細胞内・外の水と接する方に丸い部分が並んでいるということになります。細胞膜はこのような脂質分子の親水性・疎水性によって形作られるのです。
--そうなのですね。
長尾)ただ、ショウジョウバエの細胞においては、この細胞膜の一部に、分子量4万くらいのXKRというタンパク質が割り込むように存在しています。そしてXKRの作用により、細胞膜の内側と外側の脂質分子がひっくりかえると、細胞膜が柔らかくなるということを発見(外部リンク)したのです。
--ひっくりかえる?
長尾)ひっくりかえっても、丸い部分が膜の外側、足の部分が中側というのは変わりません。
--ひっくりかえるとどうして柔らかくなるのですか?
長尾)横に並んでいる脂質分子の間の相互作用が崩れたり、細胞の内側で細胞膜に接する細胞骨格と脂質分子の相互作用が変化する事によって物性が変わるといったことが考えられますが、詳細については究明中であり、今後明らかにしたいと考えています。
--なるほど。
長尾)ほ乳類では細胞死が起こった時などにひっくりかえるのですが、体長3 mmほどのショウジョウバエの場合は常にひっくり返っているのです。昆虫が繁栄している要因の一つが「小型化」ですが、ミクロな組織をつくる小型昆虫とヒトの細胞がどのように違うのか、この疑問に対する答は得られていませんでしたが、今回、ショウジョウバエや蚊の細胞が柔らかいことを明らかにしました。
--基礎研究なのにこんなことをお聞きして恐縮ですが、この研究の応用としては、どのようなことが考えられるのでしょうか。
長尾)そうですね。例えば病気の理解につながるかもしれません。例えばがん細胞などは、脂質分子がひっくりかえって細胞膜が柔らかくなるから、体内の狭いところでも通っていけるのかもしれません。
--なるほど。
長尾)あるいは、物質の硬さの制御や、ものの変形に関する研究など、材料科学分野に応用されることもあるかもしれません。
--それはおもしろいですね!
長尾)私は、細胞が脂質の分布と組成をコントロールする機構に興味があります。先ほどの脂質分子の足の部分の形も、実はいろんなものがあるのですよ。それを変えてやることによっても、細胞の硬さを変えることができます。
--ほう!
長尾)私達が研究に使っている細胞って、基本的にずっと生きているんですよね。限られた材料を上手く使って、ずっと生きているんですよ。
--こうした細胞テクノロジーが、生命体自らのコントロールの話にも発展しそうですね!
長尾)そうなんですよ。
--先生はどうして研究者の道へ?
長尾)学生の時に、研究っておもしろいなあと思ったんです。もちろん、成果が簡単に出るものではありませんから、苦しいことも多いわけですが、工夫を重ねてうまくいった時の面白みがいいんです。好き放題、想像や考察して究明をしていくというのは楽しいことです(笑)
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