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産学公連携、産業振興の一環として、京の研究者・専門家の皆さんを紹介するページです。
(掲載日:令和2年7月16日、ものづくり振興課 足利)
京都大学医学研究科システム神経薬理学助教の水田恒太郎さんにお話をおうかがいしました。
--京都大学の林康紀教授や理化学研究所の佐藤正晃客員研究員らとともに、脳内地図を細胞レベルで観察されたとのことですが、「脳内地図」「バーチャルリアリティ」など、バイオはもちろん、脳科学、ロボット、VRに関心のある身にとって、大変興味深いです。
水田)「海馬」は、大脳皮質より深い部分にあり、場所や出来事の記憶とナビゲーションに重要な働きをするする部位として知られていますが、その神経活動を説明、可視化しようとしたものです。
--「新しい記憶は海馬に、古い記憶は大脳皮質に」と聞いたことがありますが、パソコンで言えば、海馬がメモリで、大脳皮質が磁気ディスクといったところなのですか?
水田)うーん、海馬も磁気ディスクの機能を含んでいますね。この分野で有名な話ですが、アメリカ人のH.M.氏という患者さんは、てんかんの治療のため海馬を切除されたのをきっかけとして、手術する前の10年間の記憶がないという事例があるように、そのくらいのスパンで記憶されています。さらにその日に起こった出来事を記憶できない。
--そうなのですね。
水田)以前から、動物が新しい環境を探索すると、その場所に対応した新しい「場所細胞」が海馬で直ちに形成されることは知られていました。
--場所細胞?
水田)こういったものですね。つまり、例えばマウスがA地点からZ地点まで順番に移動するとすると、B地点に来た際にはbの脳神経細胞が発火し、C地点に来た時には、cの脳神経細胞が発火するといった具合です。
--発火というのは?
水田)シナプス伝達によりグルタミン酸などの興奮伝達物質がアウトプット側の細胞にある受容体に結合することで、ナトリウムやカルシウムが神経細胞内に流入し、その後電位が急上昇して活動電位が生じて起こることです。
--なるほど。そのマウスの海馬の神経細胞の発火をどうやって観察するのか、というところでVRの登場ですね?!
水田)はい。まず、細胞の活動を画像化するために、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)を人工的に構造を改変した蛍光カルシウムセンサータンパク質:(G-CaMP7)を細胞自身が発現できるように遺伝子を導入します。イメージとしてGFPにちょっとひねりが入ったものと申しておきますが、細胞内に流入したカルシウムイオンと結合すると、ひねりが解けGFPの構造になることで光るというものです。
--導入するというのはどうやって?
水田)G-CaMP7を含む特別な遺伝子をマウス受精卵に注入することです。そうすることで、生まれたマウスの特定の細胞自身がG-CaMP7たんぱく質を発現できるようになるのです。
--なるほど。
水田)そして、生体に浸透しやすい近赤外パルスレーザーを用いて蛍光物質を観察できる「二光子レーザー顕微鏡」で観察します。この顕微鏡は、生きたマウスの脳の深部も、深さ1mm程度まで高解像度で画像化できます。
--なるほど。
水田)しかし、神経活動を観察するためには、マウスの脳を固定しなければなりませんから、マウスが動くのではなく、というかマウスも動くのですが、風景を動かし、マウスは球形レッドミル上を走るという仕組みにしたのです。
--なるほど!!おもしろいこと考えられますねえ。しかもこういう装置やVRって、先生方の場合自分で用意されるんですよねえ。
水田)そうですね。
--それがまたすごいですね。さて、ある地点で発火する「場所細胞」は、固定されるものなのですか?
水田)いえ、ほとんどは発火場所を長い間固定しません。例えば、次の日にまた同じ場所を通った際には、また違う細胞が発火して場所細胞となるというように、ダイナミックに変化するのです。
--そうなのですね。
水田)しかし、今回の研究で、ランドマークや報酬を得られるような特別な地点で、場所細胞が有意に固定化されていく様子を観察しました。同じ場所で応答する「安定した」場所細胞は学習が進むに従って全体的に増えますが、その安定した場所細胞の大部分は、ランドマーク地点や報酬地点で応答する細胞であることが分かりました。つまり、特徴ある場所で応答する細胞は他の場所で応答する細胞よりも安定化しその数を増やしていくことを発見したのです。
--そうなのですね!
水田)さらに、それらランドマーク地点、報酬地点で応答する場所細胞の増加が、異なるメカニズムで起こることも明らかにしました。
--そうなのですね。安定化、固定化というのは、記憶の定着ということに繋がるということですか?
水田)そういうことです。単一細胞が応答するだけでは投射先の細胞が活動できないですが、同じように応答する細胞が増えて同期発火あるいは連続的に発火するセルアセンブリ様活動によってで投射先を活動することができる。そうして記憶として定着していくというようなことですね。
--こうした研究の応用としてはどういったことがあり得るのでしょうか?
水田)ある特別な場所において活動するセルアセンブリの仕組みがわかれば、病態モデル動物を用いることで認知症対策などに活用できるかもしれませんし、こうした神経細胞の活動パターンを利用した、「海馬モジュール」といったものを作って、人工ニューラルネットワークやロボット等に適用できるかもしれません。しかし、林教授も含め我々は基礎研究を追及しています。
--産業振興をしている目線でも、基礎研究、より上流を突き詰めるというのは、あこがれます。
水田)記憶のメカニズムを中心とした脳機能の全容解明を進めていきたいですね。
--もともと研究者を志してらっしゃったのですか?
水田)いえ、祖父も父も、県職員で道路課に勤めていて私も同じ道を進もうと考えていたのですが、父から土木関係はやめておけと言われ、大学で化学に進路を変更しました。物理化学実験をやることで研究が楽しくなり、生理学研究で電気生理などを学び、徐々に研究者を目指すようになりました。その後、理化学研究所に入って林先生の下で研究を重ねてまいりました。ある日、林先生が「京大に研究場所を移す」と言われたことがきっかけで、私も一緒に京都へ来ました。なので、京都生活は初めてです。
--どうですか、京都は?
水田)来るまでは、怖いところだと思っていました。茶漬けが出てきたら帰れのサインであるとか、言葉に裏表があるとか(笑)。でも、来てみると、京大は研究室が広く研究を行いやすく環境としては良いですし、良かったです。研究者は、どこに居ても、ほとんど研究室で研究するのに時間を費やしますから。
今後のご活躍がますます楽しみです!
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