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「丹波の祇園祭」 とも呼ばれる亀岡祭の山鉾の一つ。伝承では室町期に始まったとされるが、戦国時代の混乱期に一時期廃れた。江戸時代になって歴代藩主の庇護を受けて町衆の力により復興した。
この山は、鍬山大明神を御神体とした舁山(かきやま)である。記録では、安永4年 (1775) には、明神山の名前で曳山として巡行していた時期もあり、現在の舁山になったのは、文化8年 (1811) からである。
鍬山を、当初の曳山として改修復活させるための事業に対して助成を行った。(平成17年度)
修理前
修理後
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