1.京都府の哺乳類相
京都府の哺乳類相は、府内に高山帯や亜高山帯がないために、これらの高標高地に生息するオコジョ、ヒメヒ
ミズなど高山性の哺乳類を欠いていて、山地性の種が主体となり、これに平地の農耕地や河川敷に生息する種が
加わったような哺乳類相となっている。主な生息場所である森林は、およそその8割を民有林が占めており、ス
ギ、ヒノキなどの植林地がその60%以上を占め、ブナ・ミズナラ林やモミ林など原生林は京都大学附属芦生演習
林などごく限られた地域に見られるに過ぎない。したがって、これら天然林の樹洞などを利用すると考えられる
ミズラモグラやクロホオヒゲコウモリ、コテングコウモリなどの分布はかなり芦生演習林に局限されている。京
都府は水平的には太平洋近くから日本海側まで南北に長いので、昆虫相などはそれを反映していると見られるが、
哺乳類で見れば太平洋側要素や日本海側要素と見られる特徴は顕在化していない。このためか、日本全体で京都
府にしか見られない種あるいは分布北限や南限になっている種はいない。ただし、沓島など離島があり、ここで
オヒキコウモリが発見されており、これら離島の存在は京都府の動物相全体を見れば特徴の一つを構成する可能
性が高い。
京都府で確認された種は、絶滅種2種を除き外来種を含めて、7目18科49種となっている(海洋性哺乳類を除
く)。これは日本全体の陸産哺乳類7目23科111種(阿部、1994)の中、種数で約44%を占めている。絶滅のおそ
れのある種は哺乳類全体で20種であり確認種の40%もの高率になっている。このうち9種をコウモリ類が占めて
いる。コウモリ類ではその多くの種で標本が1〜数個体であり、その繁殖地も天然林や洞穴などかなり限定され
ている種で、これらの繁殖地が府内では少ない上、減少しつつあることが絶滅のおそれを生じさせている原因で
ある。その他、ツキノワグマのように植林にかなりの被害を与えるために、駆除により個体数が減少していると
考えられる種や、ニホンザルのように人や農業に対する被害を与え、同様に被害防除が問題となる種の保護管理
が問題となると考えられる。さらには、近年、アライグマ・ヌートリア・タイワンリスのように農業被害や生態
系の攪乱を起こす外来種が増加しつつあることも問題となっている。
2.哺乳類の保全対象種の選定に当たっての基本的考え方
哺乳類と一口に言っても、対象とする種の生活型によってネズミ類・モグラ類・コウモリ類の小型哺乳類から、
ツキノワグマなどの大型哺乳類まで非常に多様である。例えば小型哺乳類であるネズミ類・モグラ類は一般に小
型で夜行性であり、種をワナなどで捕獲しないと分布の確認ができない。一方、コウモリ類では、営巣場所が洞
穴性か樹洞性かなど種によって特異であり、これらの場所がないと繁殖など種の維持ができないので、これらの
存在が非常に問題となる。また、種の確認には、カスミ網を用いた捕獲、あるいはバッドデイテクターなどを用
いた音声記録を用いるなど非常に特異的である。哺乳類ではこれらの生活型グループにより生活様式は非常に多
様であり、これらを同一の基準でリストすることはあまり意味がないと判断された。一方、中型から大型哺乳類
では、行動圏が大きく、分布調査はもっぱら聞き込み調査によらざるを得ない。そこで選定に当たってはその生
活型グループの専門家を選び、その者が中心となり、そのグループ毎のカテゴリー基準を作成して、京都府の基
準である絶滅寸前種、絶滅危惧種、準絶滅危惧種に分類した。さらにツキノワグマやカモシカ、ニホンザルでは、
京都府だけで考えるには行動範囲が大きすぎるので、近隣他府県や日本全体の情報を入れながらカテゴリー分け
を行った。取りあえず今回はまだ不十分な資料を基にリストを作成したが、これを基礎として、関心を持つ人が
増え今後さらに調査が行われ、将来よりよいものができることを期待したい。
3. 小型哺乳類の保全対象種の選定に当たっての基本的考え方
ここで対象としているのは、食虫目、齧歯目の種である。これらの種は一般に小型で夜行性であり、相互に非
常によく類似しているので、わなをかけて捕獲しないと種の同定ができない。わなも地上歩行性の種と地中性の
種で異なるので、少し熟練しないとある場所の小型哺乳類の種類相は把握できない。サンプリングの面積も種に
より異なるが、数ha程度でも個体群が維持される場合があるので、この規模で府内全域を調査するのは不可能に
近い。このために府内全域で個体数や分布域を把握しIUCNの定量的基準(環境省基準も同様)を適用すること
は無理であると判断した。そこで今回は過去の情報と、生息場所に着目して対象種が分布すると予測される地域
のサンプリングをすることで、種の生息状況を把握する試みを行った結果に基づいて記述を行った。作業として
は、過去の記録及び今回の調査結果から府内でも確認種リストを作成して、このリストから各地での過去の情報
及び新たなわなかけの結果などを用いて、分布が広く捕獲個体も多い種は対象から外した。残ったリストから種
毎に生息場所を予測して、予測した生息場所の府内での分布とその状況などを考慮して、生息場所がブナーミズ
ナラ林であるなど極度に限定されている種、あるいは、かなりサンプリングしているが捕獲地点が非常に少ない
種(おおむね3地点以下)は絶滅寸前種、生息場所が少しは存在し、捕獲地点も少しは存在する種を絶滅危惧種、
捕獲地点が生息場所の点在などで限定されているがまだ上記2種ほどは限定されていない種を準絶滅危惧種と3
段階に分けた。しかし、ヤマネのように天然記念物であるためにわなによる捕獲に許可がいる種は巣箱の設置結
果や聞き込み情報を用いた。また、リス科の動物では聞き込み資料などを用いたが、モモンガのように存在して
もわかりにくい種は分布が過小評価されている可能性がある。
執筆者 村上 興正
4.コウモリ類の保全対象種の選定に当たっての基本的考え方
コウモリは群れ生活をし、昼間は洞窟や樹洞を隠れ家にする。洞窟をもともと利用するコウモリ類は通常数百、
数千の、大きな群れを形成する。また、その群を作る場所もコウモリ類の場合、初夏の出産・育児をする時期と
冬眠する時期の求める温度条件が異なる。したがって、大きい鍾乳洞のように、その中に多様な環境があれば、
洞内を使い分ける。しかし、小さい洞窟では、洞窟間を移動して必要な環境を求める。すなわち、夏と冬では利
用する洞窟が異なることが多い。このような理由から、また、群れ間の遺伝子の交換などを考慮すると、生息環
境が安定していると判断できるのは、大きな群れ(夏期の、および冬期の)がいくつも、最低でも5つくらい存
在している状況であると思われる。したがって、このような観点からみると、京都府における洞窟を隠れ家にす
るコウモリ類の群れの現在の生息実体はきわめて少数かつ不安定であり、絶滅の危機にさらされていると考えら
れるので、いずれも絶滅寸前種に指定した。
なお、オヒキコウモリは岩の割れ目などを好んで利用することが知られているコウモリであり、かつその生息
例は世界的に見ても、非常に珍しく、舞鶴湾沓島の群れは日本で4番目に発見された群れである。しかも、個体
数は他の群れよりも圧倒的に多いと推測される。したがって、ここの群れは世界的に見ても、非常に重要なもの
であり、今後天然記念物などに指定して、厳重に保護策をとる必要があるように思われる。したがって、その生
息個体数の側面からだけではなく、絶滅寸前種に指定した。一方、本来樹洞を昼間の隠れ家にしているコウモリ
類は、樹洞が十分存在し、そこで生活するのが正常な姿であり、家屋や洞窟をその代用にしていること自体がす
でに異常事態である。京都府でこのようなコウモリ類が利用できる樹洞が十分にあると思われるのは、原生林が
比較的広範囲に残されている京都大学附属芦生演習林のみであり、他では、細々と河畔林などに残されている大
木を利用しているにすぎない。これらの種の中で、昼間の隠れ家を一時的に他のもの、すなわち家屋とか洞窟に
変えて利用している場合がある。しかし、これらの利用も一年の一時期だけであり、生息環境としては安定して
いるものといえない。さらに、このようなコウモリ類も多数個体が発見されたことはないので、樹洞を利用する
全種を絶滅寸前種に指定した。
また、京都府の近隣のいくつもの県で生息が確認されているが、本府でまだ知られていない種が3種もあり、
これらの種は飛翔可能であることもあり、いつ発見されても不思議でないので、要注目種としてあげた。
なお京都府カテゴリーの項には、日本哺乳類学会(1997)カテゴリー及びIUCNカテゴリーも記述したので、こ
れらのカテゴリー基準についても参考のために記述した。
執筆者 前田 喜四雄
|