京都府における獣害とその対策
京都府環境審議会自然・鳥獣保護部会長●村上 興正
1 鳥獣害の特徴と京都府の現状
鳥獣害は大きく見ると、農耕地における農作物被害と山林や森林における林業被害や生態系被害、人への直接的・間接的被害に分かれる。全国的に見て、農作物被害は主にイノシシ、シカ、サルなどの獣類や、カラスやムクドリなどの鳥類によって起こっている。
林業被害では、カモシカによる被害が1970年代から他の獣害に先んじて顕在化したが、近年はシカやツキノワグマによるものが主である。カモシカによる被害は、現在はほとんどの地域で沈静化している(文化庁文化財記念物課 2013)。
これ以外に、近年シカによる生態系被害とくに森林の下層植生の衰退が著しく、ひどい場合には土壌の崩壊や河川の汚濁も生じている地域がある。また人への直接的被害もクマ類やホンドザルによって少ないながら起こっている。
加害種や被害の状況は、地域によって異なる。また、加害種ごとに生態がかなり異なるので、被害対策にあたっては、加害種の生態的特性を踏まえたうえで、地域ごとに防除に取り組む必要がある。また近年のように中山間地域の人口が減少し高齢化が進むと、農林業のあり方も異なり、このような人の社会的な側面も考慮に入れる必要がある(村上 2009)。このほかにアライグマやヌートリアなど外来種による被害も増加しており、対策がとられつつあるがここでは触れないこととする。
京都府における鳥獣害は農作物被害で見ると、2013年で総計4.9億円に達しており、そのうちイノシシによる被害がもっとも大きく約1.6億円(32.6%)で、シカが約1.3億円(27.0%)、サルが0.7億円(13.66%)を占めている。林業被害ではシカによるものが0.44億円と多く、クマによるものが0.029億円となっている。
年度的には2008年度の農作物被害が7.4億円ともっとも高かった。それ以降、順次減少しつつあるが、依然被害は大きい状態である。農作物では野菜、稲、果樹被害が全体の87%を占め、8市1町(京都市、福知山市、京丹後市、亀岡市、京丹波町、宮津市、城陽市、南丹市、木津川市)に集中している。
2 鳥獣害対策の特異性
農林業被害に関しては、昆虫による被害も多大であるが、この問題に関しては鳥獣害よりマスコミ等による取り上げか少ない。例えば農作物では稲にはニカメイガやサンカメイガ、あるいはカメムシ類が、キャベツにはモンシロチョウ、野菜にはヨトウ類など多くの害虫が発生している。農業従事者はこれらの害虫対策として各自農薬等を散布して、被害防除を実施している。
ペットなど所有者や占有者のいる動物は飼養動物とされ、「動物の愛護及び管理に関する法律」で規定されている。しかし、害虫に限らず、トンボ類やセミ類を捕獲した経験のある人は多いと思う。日本では野生動物は、所有者のいない動産とされており、その所有権は所有の意志をもって占有することによって生じるとなっている(民法第239条)。鳥獣に関しては、「鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等又は採取等をしてはならない」と「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(以下、鳥獣法)によって規定されている。すなわち、鳥獣は加害種であっても害虫などと違い、勝手に殺すことは法律で禁止されている。
これに対して、学術研究の目的、鳥獣による生活環境、農林水産業または生態系に係る被害の防止目的や、その他省庁令で定める目的で鳥獣の捕獲または鳥類の卵の採取等をしようとする者は、環境大臣または都道府県知事の許可を受けなければならず(鳥獣法第9条)として、被害防除等の目的の捕獲は許可を受けた場合には可能となっている。
実際に鳥獣害による被害を受けた場合には、鳥獣法に基づいて、市町村に有害鳥獣駆除の申請を行い、その許可が下りると駆除隊が編成され駆除する仕組みとなっていた。しかし、1999年の鳥獣法の改正により、鳥獣管理は国指定鳥獣保護区など国が管理するもの以外は、各都道府県が管理を行うこととなり、特定鳥獣保護管理計画に基づく個体数調整が行われつつある(後述)。
有害鳥獣の駆除は、狩猟免許を持った者が適正な猟具を用いて、定められた期間に行うこととなる。これらの有害鳥獣駆除や個体数調整を行う者は、一般にハンター(狩猟者)と呼ばれる人に依存することとなる。狩猟は本来趣味の一つであったが、今や鳥獣管理という新たな役割が生じていることとなる。
近年この鳥獣管理の担い手であるハンターとくに銃猟を行う第一種銃猟免許取得者が激減するとともに、平均年齢は60歳前後と高齢化しており、30歳以下の若者はおらず、後継者不足が大きな課題となっている(図1)。このために近年は農業従事者が自らわな猟免許などをとり、わなかけ等による駆除を行いつつある。
3 鳥獣対策に関する法的措置
1999年に鳥獣法が改正され、「特定鳥獣保護管理計画」が制度化された。このことによって、従来は有害鳥獣駆除によって対症療法的に行われてきた鳥獣害対策が、各都道府県が状況に応じて必要な対象種を選んで保護管理の目標設定を行い、それを達成するための計画策定と実施、モニタリングによる評価を行って計画の見直しを図る制度に改められた(村上 2000)。
また、農林業被害が激化したことに伴い、2007年末に「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(特措法)」が制定され、農林水産大臣が被害防止の基本方針を策定し、基本方針に則して市町村が被害防止計画を策定するという制度ができた。さらに、2014年5月になって各地の鳥獣被害が深刻化するなか、従来の「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」を改正し、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」と名称が変更されるとともに、保護と管理を定義づけ、保護は生息域や生息数を適正な水準に維持ないし増加させること、管理は生息数や生息域を適正な範囲に減少させることとした。
また「鳥獣保護事業計画」を「鳥獣保護管理事業計画」に改め、特に保護すべき鳥獣のための計画を「第一種特定鳥獣保護計画」、特に管理すべき鳥獣のための計画を「第二種特定鳥獣管理計画」として位置づけた。さらに、指定鳥獣捕獲等事業を創設し、集中的かつ広域的に管理を図る必要があるとして環境大臣が定めた鳥獣(指定管理鳥獣)については、都道府県または国が捕獲等をする事業(指定管理鳥獣捕獲等)を実施できることとした。認定鳥獣捕獲等事業者制度の導入を図り、鳥獣の捕獲等をする事業を実施する者は、鳥獣の捕獲等に係る安全管理体制や従事する者の技能や知識が一定の基準に適合していることについて、都道府県知事の認定を受けることができるとした。今後これら新たな制度をどう活用するのかが京都府でも問われている。
4 ツキノワグマの保護と管理
鳥獣類各種の被害対策に関して、ここで述べるのはレッドデータブックの性格にも合わないし、紙面の都合もあるので、特に個体数が少なく京都府では絶滅寸前種となっているが、同時に林業被害や人身被害が問題となるツキノワグマと、シカに絞って述べることとする。シカの被害は農林業全般に及んでいるだけでなく、森林の下層植生を衰退させて土壌流出の危険性を高め、希少植物を激減させたり、食虫類や昆虫類にも影響を与えるなど、広く生態系被害をもたらしている。
記述内容は、クマについては従来の特定計画の他、2015年5月から施行予定の京都府の第一種特定鳥獣保護計画──ツキノワグマ(第3期)、シカについても従来の特定計画の他、5月から施行予定の第二種特定鳥獣管理計画──ニホンジカ(第4期)を元に書かれているので、詳しくはこれらを参照されたい。
ツキノワグマ(以下、クマと略す)の保護と管理に関しては、2004年に特定鳥獣保護管理計画、2007年に第2期計画、2012年に第3期計画を策定した。2015年には鳥獣法の改正により、5月末に3期計画の名称を第一種特定鳥獣保護計画と改める予定だが、内容は従来の計画を継続したものである。
計画の目的は、地域住民や農林業者その他の府民、行政、研究者など多様な主体の連携のもと、人身被害の回避や農林業被害の軽減を図るとともに、科学的・計画的な保護と管理の下に、人とクマとの共存を目指すこととしている。
京都府におけるクマの個体群は、琵琶湖北部から丹後半島南部にまたがる「近畿北部地域のツキノワグマ個体群(以下、近畿北部地域個体群)」に属しており、分布域は約4,000㎢で、福井、滋賀、兵庫にまたがっている(図2)。
府内のクマの生息数は、1996年度から2000年度に行った調査で200~500頭と推定され、2002年度に発表した京都府レッドデータブックでは「絶滅寸前種」とされている。それ以降クマの狩猟による捕獲は禁止し、学習放獣などの施策を実施している(京都府の特定鳥獣保護管理計画──ツキノワグマ(第3期))。
京都府のクマは、ミトコンドリアDNAの解析により由良川を境として東西二つの系統に分かれていることが明らかとなっており、全体を一個体群として扱うのではなく、丹波個体群と丹後個体群との二つに分けて扱うこととしている。
また、丹波個体群は滋賀県から福井県の嶺南地方に広がる北近畿東部個体群の一部、丹後個体群は兵庫県但馬地方に広がる北近畿西部個体群の一部に属している。
生息頭数
生息頭数の推定は、学習放獣などの際に標識を付けた個体が再度捕獲される確率から推定する標識再捕獲法と、クマの毛のDNA解析による個体識別による方法のほか、最近では、生息数や密度指標、捕獲数や捕獲効率などを用いた統計学的な手法である階層ベイズ法を用いても推定されている。
府下のクマの推定生息頭数は、2004年の第1期計画策定時には、丹後個体群約120頭、丹波個体群は約180頭、2007年の第2期計画策定時にもこの値を踏襲したが、2012年の第3期計画策定時には、丹後個体群約300頭、丹波個体群約200頭、2015年の第一種特定鳥獣保護計画策定時には丹後個体群は約700頭、丹波個体群は約200頭と推定している。このように丹後個体群はかなり増大しているが、丹波個体群はほとんど変化をしていない状況である。
目撃頭数
月別目撃頭数を見ると、年によって異なるが、4月頃から始まり、6月頃から増加し、9月から10月にピークとなって11月から12月に減少し、1~3月はほとんどない(図3)。クマは冬眠をするので、冬眠前に栄養を蓄えるために、9~10月の堅果類がなる頃、摂食活動が盛んとなるためである。出現状況は出没が多い年と少ない年が隔年に出現しており、とくに平成22年には大量出没した。出没は堅果類の豊凶により左右される傾向があるので、府下で堅果類の豊凶調査を実施しているが、2010年の大凶作の年に大量出没が見られている(図4)。今後これをさらに検討することで、クマの出没予測が可能となると考えられる。
年度 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 1月 | 2月 | 3月 | 計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2003年 | 5 | 32 | 50 | 35 | 18 | 8 | 21 | 17 | 7 | 2 | 1 | 0 | 196 |
2004年(大量出没) | 1 | 14 | 57 | 48 | 25 | 55 | 350 | 155 | 9 | 1 | 3 | 0 | 718 |
2005年 | 13 | 45 | 27 | 25 | 17 | 15 | 17 | 18 | 6 | 1 | 1 | 0 | 185 |
2006年(大量出没) | 19 | 29 | 46 | 60 | 44 | 86 | 212 | 111 | 19 | 2 | 4 | 2 | 634 |
2007年 | 12 | 36 | 45 | 45 | 52 | 34 | 52 | 19 | 16 | 2 | 1 | 1 | 315 |
2008年(大量出没) | 13 | 68 | 89 | 89 | 78 | 150 | 132 | 54 | 14 | 1 | 0 | 0 | 688 |
2009年 | 4 | 43 | 35 | 45 | 34 | 27 | 22 | 13 | 4 | 1 | 0 | 6 | 234 |
2010年(大量出没) | 7 | 41 | 140 | 140 | 224 | 338 | 713 | 327 | 33 | 4 | 2 | 7 | 1,976 |
2011年 | 30 | 59 | 72 | 98 | 97 | 51 | 81 | 49 | 15 | 5 | 3 | 2 | 562 |
2012年 | 29 | 43 | 102 | 82 | 90 | 120 | 35 | 7 | 3 | 1 | 2 | 1 | 515 |
2013年 | 19 | 114 | 129 | 153 | 163 | 130 | 159 | 173 | 30 | 3 | 2 | 2 | 1,077 |
2014年 | 32 | 72 | 142 | 201 | 300 | 151 | 48 | 946 |
捕獲状況
京都府におけるクマの狩猟及び有害鳥獣捕獲による総捕獲数は、1974年まで増加し、その後ゆるやかに減少している。狩猟数は、1974年に64頭でピークとなった後、平成4年度以降は大日本猟友会や狩猟者の自主規制により大幅に減少した。2002年には狩猟による捕獲は禁止となり、有害捕獲のみで現在に至っている(図5)。
有害鳥獣捕獲は、全体的にはクマ剥ぎ被害が多い丹波個体群で多いが、1989年以降は丹後個体群でも果樹被害等により増加している。2010年は大量出没の年であるが、とくに丹後地方は出没件数や被害が急増し、捕獲数も急増した(図6)。
2002年度からは、有害捕獲による捕獲個体の一部に標識を付けて放獣しているが、放獣数は2002年から2013年までの12年間で174頭、このうち再捕獲された個体は36頭であった。これらの放獣個体が再被害を起こし再度捕獲された場合には、人慣れクマと判断し、原則として捕殺していた。しかし、現状では出没が急増したために、捕獲上限数の範囲内では放獣せず、1回目の捕殺も可能となるように変更した。
捕殺上限数の設定
府内のクマは絶滅寸前種であるために、有害捕獲であっても捕殺上限を設定して個体群の維持を図っている。環境省の「特定鳥獣保護管理計画策定のためのガイドライン」のクマ類個体数水準に基づいて、特定計画1期には丹波丹後両個体群の個体群水準は2(個体数が100~400頭程度で、現状を放置すると個体群水準1=危機的地域個体群に移行するおそれがある)として狩猟は禁止、捕殺数も各個体群の5%とした。
ただし、運用にあたってはクマの出没が隔年であることに対応して、ある年の捕殺数が少なければ次年度には繰り越しができることとした。しかし、現状では丹後個体群は約700頭と推定され、上述した環境省の個体群水準3(個体数が400~800頭程度で、現状を放置すると水準2の個体群に移行するおそれがある)としたが、狩猟は認めず捕殺上限は個体群の8%を適用し、捕獲上限数を700×0.08=56頭とした。一方、丹波個体群は200頭と推定され個体群水準は2のままであるが、福井・滋賀両県を通じて白山・奥美濃地域個体群の一部であり、この地域個体群のサイズは大きいので、捕殺上限は丹後個体群と同様8%、16頭に設定し運用することとした。
丹後個体群は近畿北部西個体群と丹波個体群は近畿北部東個体群に属する。本来は、クマのように行動圏が大きな動物では、県単位で個体数を推定して保護と管理の施策を決めるのではなく、各地域個体群と関係する府県が協働で地域個体群の個体数を推定し、地域個体群としての狩猟や捕獲上限について決めて、各府県はそれに準じて各府県の施策を決めるという広域管理が必要である。しかし、特定計画は各府県が独自に行うこととなっており、相互に連絡は取っているが、同一地域個体群でも府県で異なる対応(例えば近畿北部では、京都府では狩猟禁止だが福井県や石川県では狩猟可能)をしているのが現状で、今後の課題である。
被害
人身被害は2005年度から2012年度までに12件発生している。2010年度が最大で6件、次いで2006年度が4件で、大量出没の年に多い。これらの年の9件の人身事故は、森林内など恒常的なクマの生息地ではなく、農地や集落などクマの恒常的生息地外で起こっている。堅果類の凶作の年に多いので、山の餌が不足している可能性が高い。
近年ナラ枯れ病により、京都近郊では大量のミズナラが枯死している。ミズナラはクマの好物で、かつては京都大学の芦生演習林で多くの円座(クマが身を食べるために木の枝等を折りたたんで円形にしたもの)が見られたが、近年はまったく見られなくなった。クマとの共存のためには、山にクマの餌となる樹木が多い落葉広葉樹の林を復活させるなど、生息場所の管理も視野に入れる必要があると思われる。
人身被害は、クマとの出会いにより起こる。京都府では、クマの出没情報が地元猟友会、警察、市町村等どこで得られた場合でも、まず目撃者、目撃場所、目撃日時、負傷者の有無、遭遇時の状況、出没要因等の内容を「ツキノワグマ通報記録表」に記入して京都府森林保全課に連絡を行う。次いで人家周辺や市街地など人身被害が生じたか、生じるおそれが非常に強い場合(クマが人を追跡するとか人家に侵入するなど)、誘因物を除去するなどの対応をしてもまだ人家周辺に頻繁に出没する場合などは緊急対応として、それ以外を一般対応で対処することとしており、ツキノワグマ出没対応フローを作成している。
フローでは、緊急の場合は現地調査のうえ捕殺の可能性等の検討を行い、一般対応では、現地調査のうえ追い払いや被害防除の実施等の手続きを定めている。場合によっては森林保全課が現場に到着するまで待てないケースもあることから、地方振興局の判断で対処可能となるようにもしている。
クマ剥ぎ被害とその対策
クマ剥ぎとは、クマがスギやヒノキなどの樹皮を剥いで木質部分(主に形成層)を囓ることを言う。被害が起こるのは4月から8月のお盆までで、樹液成分が高い時期であるが、山に餌が豊富な時期にあたる。また、西日本中心で東日本ではほとんど起こっておらず、府内でも、被害が激しい地域は丹波個体群の一部地域に限られている。この行動の原因はまだよくわかっていない。被害は胸高直径が5㎝以上で起こり、3齢級から8齢級ぐらいの林分に集中して発生する。被害が根際から2mまでの材木にした場合に価値が高い場所に発生することから、齢級の高い林木に被害が起こると被害額は大きくなり、林業者からは忌避される。
農林業被害のなかでは、クマ剥ぎ被害が被害量および金額でも被害の大半を占めている(図7、図8)。しかし、広大な山林で発生し、発生期間が長いことや発生箇所が予測できないことなどから、対策が困難である。
対策としては、被害防止と捕獲によっている。被害防止には造林木の根際からテープをらせん状に巻き付ける方法(テープ巻きという)が有効であるが、テープを対象木全部に巻くには労力がかかることや、テープが最大でも5年程度しか持たず、巻き直しが必要となることが課題である。
被害対策としての捕獲は密度管理に対して有効かどうか不明であり、被害が軽減されるまで密度を下げること(たとえ1個体でも被害は起こると考えられる)は絶滅のおそれのある種では困難であり、加害場所での有害捕獲を中心とせざるを得ない。被害が特定の場所に繰り返し起こる場合があるので、特定の加害個体により起こっている可能性があり、加害個体の駆除を検討することは必要であろう。
クマ剥ぎ防止対策やクマ剥ぎ被害対策としての捕獲については、対応マニュアルを作成して実施しているところであり、それらを参照されたい。
果樹被害と養蜂被害
果樹被害と養蜂被害は、2004、2006、2010年と隔年のツキノワグマ大量出没時に増大している。第1期計画策定時にはそのような事態は想定していなかったが、第2期計画から生業としての果樹栽培や養蜂場を対象としたマニュアルを策定している。被害対策としては電気柵が有効なので、マニュアルに沿って柵の設置をして維持管理が行われている場合にのみ、被害対策としての捕獲を検討している。検討内容としては、①捕獲可能な場所は当該被害が起こった果樹園・養蜂場とその周辺のみとすること、②許可にあたっては捕獲許容限界数を考慮して行うこと、③春の養蜂被害は大きな損失をもたらすので、とくに京都府が認めた場合に限り、損害を受ける前の4~5月でも有害捕獲を許可すること、④果樹の場合には、モモは6~8月の間、ナシ等の果樹と養蜂は8~11月の間で現に収穫物がある間に限定することなど、きめ細かく規定している。
誤捕獲の扱いと防止
「箱わな」や「くくりわな」を使用してやシカやイノシシの捕獲を試みた場合に、誤ってクマが捕獲されることがある。この場合を誤捕獲と言い、法的には捕獲目的以外の動物であり放獣することが義務づけられている。クマが誤捕獲されることを防止するために、箱わなを使用する場合には上部にクマが脱出できる程度の穴(30㎝程度)を設置することを推進している。
また、くくりわなを使用する場合には、法律ではワイヤー直径が4㎜以上のものを使用することが規定されているが、放獣作業の安全性を考え5㎜以上のものを使用するように努めることとしている。このような配慮をしていても、大量出没の時には誤捕獲数は増大し、2010年度には52頭にも達し、放獣作業が大変な労力負担となっている現状である。
誤捕獲で捕獲されたクマは、学習放獣と言って、からしなどクマの忌避する物質を顔面に噴射してから、できるだけ捕獲地から遠い場所に放獣している。2002年度以降12年間の放獣数は275頭で、この期間中に再捕獲された個体は35頭であった。2010年の再捕獲個体は22頭と最多で堅果類の大凶作の年である。学習放獣したクマが再捕獲されることは比較的少なく、学習放獣の効果がでていると考えられる。
5 シカによる被害と対策
京都府におけるシカ対策の取り組みは早く、1996年には「ニホンジカ適正管理指針」を策定し、1997年には同指針に基づいてメスジカの狩猟獣化を行った。2000年には同指針を引き継ぎ、特定鳥獣保護管理計画──ニホンジカ(第1期)を策定、以降同計画を見直しながら、2012年から第4期計画に移行している。
ニホンジカは2014年の鳥獣法の改正により、とくに管理が必要な種となっており、第二種特定鳥獣管理計画として策定されつつある。管理の目的は、地域住民、行政、研究者など多様な主体の連携のもと、被害防除、個体数調整、生息環境管理の三本柱により農林業被害を軽減させることとなっている。
目撃頭数、生息頭数
目撃情報による分布メッシュは、特定計画策定当初は、北部・中部・南部個体群が分かれていたが、その後の分布拡大により、全域が連続状態となっている。
シカの個体数は、ハンターによる目撃数や捕獲数や糞塊密度などを用いた指標、あるいは近年では、密度指標や捕獲数の経年変化を用いた統計学的な手法である階層ベイズ法などから推定されている。個体数に関しては、密度指標としての捕獲努力あたりの捕獲数や糞塊では、1998年から2000年には低下傾向にあったが、その後年々増加傾向になっている(図9)。一方、捕獲数は、1975年頃には狩猟により年間500頭(オスジカのみ)であったが、その後年々増加し、1995~98年には2,000~3,000頭、2008年には1万頭を超え、2013年には過去最高の1.8万頭を超えている(図10)。
捕獲数が30年間で約36倍にも激増しているにもかかわらず、個体数は依然増加傾向である。シカの増加率は年に20~30%にも達するので、放置したらさらに激害が起こることは間違いがない。その意味では、個体数調整を主とした管理によって、辛うじて個体数が激増することは防止できているという状態である。
個体数増加の要因と対策
近年のシカの個体数増加は、近隣諸県だけでなく全国的な傾向であり、その要因には諸説があるが、私は次のように考えている。当初は鳥獣法によりオスジカのみが狩猟獣に指定され、メスジカが保護されていたために、捕獲が進まなかったことが個体数増加の一因である。府内でのメスジカの捕獲は1997年に狩猟獣の解禁区域を7市町指定したのが始まりであるが、その後2005年まで解禁区域を徐々に増加させ、2007年には府内全域に拡大した。
メスジカ解禁当初は、メスは狩猟獣ではないという長年の習慣で、ハンターによる捕獲はオスに偏っていたが、次第にメスの捕獲が増大した。次いで、暖冬により冬期のシカ、とくに幼獣の死亡率が減少したと考えられること(データは乏しい)、また、中山間地域の人口減少で放棄耕作地が増加したことや人と獣との接触が減少したこと、林道やダムの緑化に外来の牧草が使われ、これが冬期の餌になっていること等が挙げられる。
メスジカをすべて狩猟対象に入れても、特定計画の個体数調整の効果が顕在化しなかった理由は、各年の個体数の推定値が過小で、捕獲目標頭数が低すぎたこと、とくに特定計画発足当初は、シカ個体群への影響を考慮し、捕獲目標数を低くしていたことが大きいと考えられる。現在捕獲数は狩猟者の努力によって捕獲限界近くまでになっているので、今後はメスジカに特化して捕獲を推進することが必要な段階にきている。
2011年のシミュレーションの結果では、2006年度の生息頭数を36,000頭から44,000頭と推定すると、2014年の個体数を半減させるには、メスジカを12,000頭捕獲する必要があるとなっているが、現在この目標値は達成できておらず、さらなる捕獲努力が必要となっている。
捕獲数増大のために、猟期を2010年度から3月15日まで1か月延長するとともに、捕獲制限の緩和をして、わな猟は制限なし、銃猟はメスは制限なし、オスは1人1日1頭までと定めている。その他捕獲の報奨金も増大させるなどの措置も行いつつある(市町で異なるため詳細は省略する)。
防護柵の設置
農作物の被害対策としては、防護柵の設置が速効性があり有効であり、1996年度から毎年進められている。とくに特措法以降は増えており2013年までに2,828㎞に及んでいるが、府全体で見ればまだ設置率は低い。とくに上述した被害が大きな8市1町では、整備延長が全体の14%と低いことや、台風などによる被災箇所からの侵入が被害増加の要因となっている。また、果樹被害対策でのカラス、ムクドリ等の鳥害対策の遅れも要因となっている。
防護柵は、漁網などは破られて役立たないので、ネットに針金などを混ぜて強化したものを用いることや、地際からの侵入が多いので、地面に沿わせてスカート・ネットをはかせるなどの注意が必要である。その他、イノシシでは電柵を用いることや、サルでは上からの侵入が起こるので上部にも電柵を入れる必要があったり、シカでは高さが2m以上必要なことなど、獣種によって防護柵の構造が異なる。地域の被害実情に合わせた柵の設置が必要である。
基本的には、すべての獣種に有効で安価な柵の開発が必要だが、近年、防護柵の普及につれて値段は下がりつつあり、柵の有効性も高くなりつつある。しかし予算が不足すると、柵の設置は地元で行うことが多くなり、その場合は集落によっては労働力が不足する。森林被害などは防災や水源確保にも連なるので、被害をその地域の問題とするのではなく、都市を含めた問題と捉えて周辺の支援が必要である。その他、柵は設置当初は有効性が高いが、設置後に台風などの災害や、周辺の木や草が伸びて壊れたり、電柵ではショートをしたりするので、常に監視をして維持管理をする必要がある。
生態系の被害と対策
生態系被害では、森林の下層植生の衰退が著しく、これらの場所を生息場所としているアカネズミ、スミスネズミ等のネズミ類やヒミズやジネズミなどの食虫類だけでなく多数の昆虫類等が影響を受けていると考えられる。京都府(歴史的)自然環境保全地域では、片波川源流域や花背大悲山などでは防護柵の設置が行われつつあるが、八丁平や京都大学フィールド科学教育研究センター芦生研究林など、生物多様性に富んだ多くの地域が放置されたままであり、早急な対策が必要である。とくに生物多様性の高い場所を特定して、防護柵を優先的に設置することが必須である。また森林での個体数調整を促進し適正な密度に下げることも必須である。
生息地管理としてはシカの生息場としての森林管理が重要である。とくに京都府ではスギやヒノキの植林地が多いが、これらの植林地で人手や予算の不足で間伐が進んでいない林が多い。これらの放置林では下層植生が貧困となり、動物の生息場としても不適な状態となるので、間伐を促進することや、成林の見込みがない森林は落葉広葉樹に転換する等の施策が必要であるが、あまり進んでない状況で、早急に長期的な目標を持った施策を立てる必要がある。
文献一覧
- 京都府(2012)京都府特定鳥獣保護管理計画──ニホンジカ(第4期)
- 京都府(2012)京都府特定鳥獣保護管理計画──ツキノワグマ(第3期)
- 京都府(2015)第二種特定鳥獣管理計画──ニホンジカ(第4期)
- 京都府(2015)第一種特定鳥獣保護計画──ツキノワグマ(第3期)
- 文化庁文化財部記念物課(2013)特別天然記念物カモシカとその保護地域の管理について pp1-130 文化庁
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