ここから本文です。
「キューピー」は、1909年、米国のイラストレーターRose O'Neillがキューピッドをモチーフとしたイラストとして発表されました。1912年、ビスク・ドール(現在「アンティーク・ドール」と呼ばれるもので、釉薬を用いず高温で焼き上げ、きめ細かな人肌を再現)生産が盛んなドイツで人形の製造が開始されました。1913年、人気を博した米国向けに、O'Neillの要請によって日本でも製造開始。1925年以降、セルロイド製が主流になり、第一次大戦で疲弊したドイツに代わり、原料となるクスノキが豊富な台湾が統治下にあった日本(千種セルロイド/東京)が多く手掛けるようになりました。その後、様々な楽曲、企業名、商品名等にも用いられ、現在も世界中で愛されるキャラクターとなっています。
キューピー人形が爆発的人気を博したのは、従前の人形のほとんどが人間をリアルに再現したものであったのに対し、キューピーは特徴をシンプル化(強調化)したことが大きな要因と言われます。キューピーにも先駆けてシンプル化によって愛された人形が、江戸時代中期に大成された日本の「御所人形」です。もともとはリアルであったものが、やがてぽっちゃりとした3、4頭身の手足が小さい人形に変化し、まさに現代の「キャラクター人形」の走りと言えるのではないでしょうか。
Kewpie and Imperial Palace Doll Exhibition:April to June 2025(Price: To be adjusted)
"Kewpie" was first introduced in 1909 as an illustration of Cupid by American illustrator Rose O'Neill. In 1912, production of bisque dolls (now called "antique dolls"; fired at high temperatures without glaze to reproduce the fine texture of human skin) began in Germany, where production was thriving. In 1913, at O'Neill's request, production began in Japan to sell Kewpie dolls to the United States, where they had become popular. After 1925, celluloid became mainstream, and instead of Germany, which was exhausted by World War I, Japan (Chikusa Celluloid/Tokyo), which was under the rule of Taiwan, which was rich in camphor trees, the raw material, began to produce many of them. After that, the character was used in various songs, company names, product names, etc., and is still loved around the world today.
TIt is said that the main reason why Kewpie dolls became so popular is that, whereas most previous dolls were realistic reproductions of humans, Kewpie simplified (emphasized) their features. The dolls that were loved for their simplification before Kewpie were Japan's "Gosho dolls," perfected in the mid-Edo period. Originally realistic, they eventually changed into chubby dolls with three or four heads and small limbs, and could be said to be the forerunners of modern "character dolls."
けいはんな記念公園
Keihanna Memorial Park
京都府(文化学術研究都市推進課・けいはんな記念公園)、京都日本文化資源研究所(事務局)など
大阪大学総合学術博物館の伊藤博士が行っておられる授業「ART X」の7月20日の回に参加しました。(文化学術研究都市推進課 足利) 伊藤先生は、自称「本草学者」であり、薬学の博士でもあり、漢方、化石にも詳しい方です。この幅広さがないとあからないことがあるとのこと。とても納得です。 さて、「アートと金融」では、岡山県倉敷市の大原美術館の支援も手掛けておられる日本政策金融公庫の小谷さんがご登壇。大原美術館は、日本初の私設美術館です。先日筆者も訪ねましたが、明治時代に西洋画を学んだ日本の画家の作品、学びに行く際に世界の各地で集めた作品をはじめ、その時代時代の最先端の美術を収蔵してきている「現代アート」の美術館なのです。
次に「アートとマスメディア」では、元毎日新聞記者の藤浦さんがご登壇。新聞記事の作成に、記者の「主観」がいかに発揮されているかなど。ここには書けないすごい裏話の数々も。 そして「アートと大衆文化」では、京都日本文化資源研究所の石川さんがご登壇。時代劇をはじめ大衆文化が、ハイカルチャーより下に見られているが、そんなことはないというお話。たしかに、かつては低俗と思われていたマンガ・アニメも、今や世界をリードする存在になっていますものね! 最後に「アートとフィギア」では、海洋堂の大寺さんがご登壇。プラモデル屋さんとして、いかに子どもたちを楽しませるか、工夫を重ねてこられ、やがて、先に組み立てたプラモデルを「アートプラ」として売り出されるに至った歴史などを語っておられました。創業者の「ゼロ戦は赤く塗れ」という言葉が印象的でした。 |
お問い合わせ
けいはんな万博2025イベントについてのページです。